五木寛之 流されゆく日々
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連載10994回 時代の秋がやってきた <1>
(昨日のつづき) 「秋風秋雨人を愁殺す」とかいう。 「春愁」 という言葉もあるが、愁といっても春三月の愁は、どこか暖かみのある愁いだ。 それにくらべると秋の愁いは、ひんやりと冷たい。 …
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連載10992回 記憶の海を漂いながら <5>
(昨日のつづき) このところ不景気なニュースばかりが目につく。 <全日空 冬のボーナスなし> という記事がでていた。(10月8日・読売) <年収 3割を削減> 全日空といえば、昔はJA…
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連載10991回 記憶の海を漂いながら <4>
(昨日のつづき) 上京しての数年間は、食うや食わずの生活だった。 文学部の地下に協同組合の売店があった。そこの窓口では、ガラスびんに入れたタバコを、1本いくらでバラ売りしていた。 「3本くだ…
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連載10990回 記憶の海を漂いながら <3>
(昨日のつづき) 戦争が深まるなかで、食糧不足も目立ってくる。 当時は米は配給制だった。1人当り2合と何勺かである。外地では2合5勺だった時期があり、食糧不足が深刻化するなかで、さらに配給の量…
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連載10989回 記憶の海を漂いながら <2>
(昨日のつづき) きのうか、おととい見た新聞に「饅頭」の話がでていた。あの餡のはいったマンジュウである。「万十」と書くこともあるらしい。 饅頭と書くより「まんじゅう」と書いたほうが感じがでる。…
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連載10988回 記憶の海を漂いながら <1>
記憶は気まぐれである。 ついさっきまで憶えていた言葉が、なぜか出てこない。顔も声も、経験もぜんぶ知っている人の名前を思い出せなかったりもする。 ボケている、というほどのことでもない。若い人で…
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連載10987回 私のファッション前史 <7>
(昨日のつづき) その頃、というのは1950年代初期のことだが、女性のあいだで奇妙なスカートが流行っていた。 裾のほうがやたらと広く開いた変ったスカートである。たしか<落下傘スタイル>とか呼ば…
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連載10986回 私のファッション前史 <6>
(昨日のつづき) 戦後、学制改革とかいうものがあり、男女共学がスタートした。私が入学したのは前身は女学校で、校庭に藤棚があったりする落ち着いた学校だった。 夏の暑い時期をのぞいては、ほとんど一…
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連載10985回 私のファッション前史 <5>
(昨日のつづき) ソ連軍がやってきて、すぐにそれまで住んでいた家を接収されて、市内のあちこちを流れ歩いた。一時期、大同江ぞいのセメント工場で満州からの難民と一緒に暮したことがある。 その冬は、…
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連載10984回 私のファッション前史 <4>
(昨日のつづき) 9月、平壌に進駐してきたソ連軍は、呆れるほどの階級組織だった。上級の将校たち(連中に対しては階級に関係なく、私たちはカピタンと呼んでいた)は、市内の住宅地に夫人と共に住んでいた。…
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連載10983回 私のファッション前史 <3>
(昨日のつづき) 戦争が始まると、国民の服装がガラリと変ってきた。ことに女性はモンペの時代にはいってくる。 タンスに仕舞っていたような古い着物を引っぱり出して、モンペに改造するのだ。カスリの着…
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連載10982回 私のファッション前史 <2>
(昨日のつづき) 私が生まれたのは、1932年である。昭和7年だ。 その前の年に満州事変があり、私が生まれた年には五・一五事件がおきている。 物心ついた頃には、世間はすでに戦争ムードだった…
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連載10981回 私のファッション前史 <1>
9月にはいって、そろそろ夏服を替える時期かな、と戸棚を引っかき回してみた。 まだ昼間は暑いが、空の気配はかすかに秋の気配がある。夜、虫の鳴く声がきこえた。コロナの時期にも季節は律義に回っているの…
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連載10980回 子供の頃に読んだ本 <承前>
高垣眸、という名前を思いだした。 早稲田出身の作家で、「少年倶楽部」で活躍した作家である。 『快傑黒頭巾』が有名だが、子供の私にとっては、なんといっても『まぼろし城』の作者として深く記憶に刻ま…
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連載10979回 子どもの頃に読んだ本 <5>
(昨日のつづき) 遠藤周作さんが言っていたことで、いまも憶えている言葉がある。 「子供に、あれを読め、これを読んじゃいかんなどと言ってはだめだ。好きなものを読ませておくのが一番だね」 小学生…
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連載10978回 子どもの頃に読んだ本 <4>
(昨日のつづき) そういえば、小学生の頃に読んだ本で思い出すのは『西遊記』である。 たぶん少年読物ふうにアレンジしたものだろうが、孫悟空は当時の私のアイドルだった。 漫画もあったが、それほ…
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連載10977回 子どもの頃に読んだ本 <3>
(昨日のつづき) そういえば、思い出したことがある。 あれは私が40代にさしかかった頃だろうか。いや、もっと前だったのかもしれない。 何かの会のあと、ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら…
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連載10976回 子どもの頃に読んだ本 <2>
(昨日のつづき) 母親も小学校の教師をしていた時期があって、自分の本棚にはいろんな本が並んでいた。 林芙美子の小説や、森田たまの随筆集などがあったのを憶えている。 森田たまさんの『もめん随…
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連載10975回 子どもの頃に読んだ本 <1>
記憶というのは不思議なものだ。 なんとか憶えようと手帖にメモまでとって頭に叩き込んだつもりでも、翌日にはすっかり忘れている。 そうかと思えば、なにげなく読んだ文章の一節が何十年も頭に残ってい…
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連載10974回 コロナの風に抗して <5>
(昨日のつづき) 「コロナも一段落したようですね」 と、ほっとしたような顔で言う人がいる。 そうだろうか。 たしかに街に人が出ている気配はある。走っている車も多くなった。テレビは政権与…