五木寛之 流されゆく日々
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連載10768回 人は自慢する動物である <2>
(昨日のつづき) 自慢にもいろんな種類がある。 単純に自慢バカという種族がいる。やたらと大声で自慢話をくりひろげるタイプだ。家柄や学歴や収入を自慢するのが定番である。 こういう相手は面倒で…
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連載10767回 人は自慢する動物である <1>
「自分について語ることは、すべて自慢話である」 というのは、阿刀田高さんの名言である。 ふり返ってみると、自分のことを書いた文章は、どこかに人に認めてもらいたい気持ちがひそんでいるようだ。他人…
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連載10766回 北の都に秋たけて <5>
(昨日のつづき) 以前、『ステッセルのピアノ』という書き下し長篇を執筆したとき、旭川を中心に北海道を歩いたことがあった。 日露戦争のあと、日本に送られた戦利品のなかに一台のピアノがある。それが…
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連載10765回 北の都に秋たけて <4>
(昨日のつづき) 歌謡曲の歌詞は、ほとんどが北方志向である。 『北帰行』から『津軽海峡冬景色』から、『旅の終りに』まで、ほとんどがそうだ。例外をさがせば藤圭子の『京都から博多まで』が逆に南へ流れ…
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連載10764回 北の都に秋たけて <3>
(昨日のつづき) 昨日は鎌倉の横田南嶺老師と対談をさせて頂いた。横田師は臨済宗円覚寺派の管長で花園大学の総長でいらっしゃる。月刊『致知』に連載されている「禅語に学ぶ」を愛読している私としては、絶好…
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連載10763回 北の都に秋たけて <2>
(昨日のつづき) 私がこれまで縁のなかったウレシパクラブの催しに参加することになったのは、クラブの活動を支えてこられた本田優子先生からの一通の手紙だった。メールやファックスの依頼状とはちがって、ク…
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連載10762回 北の都の秋たけて <1>
〽北の都に 秋たけて というのは、旧制四高の寮歌の一節である。「秋たけて」の「たける」というのは「闌ける」と書く。 「闌ける」というのは季節が深まるという意味だろう。 この歌でいう「北…
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連載10761回 半世紀前の水害の記録 <8>
(昨日のつづき) 1年たっても復旧の歩みは進まない。いま台風19号の被害に追い討ちをかけるように、豪雨と新たな台風が次々と接近しつつある。 この問題について新聞・テレビその他のメディアは、ほと…
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連載10760回 半世紀前の水害の記録 <7>
(昨日のつづき) さて、このあたりからが伊那谷水害の背後の本質があらわになってくる。50年前のルポルタージュの続きである。 《さて、この騒ぎがきっかけとなって、世論も、ようやくダムと水害問…
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連載10759回 半世紀前の水害の記録 <6>
(前回のつづき) ここで出てくるのがダムである。建設されたダムによって、河川の川床が年々上がってくる。それがくり返される氾濫の元凶だ、というわけだ。 いまから五十数年前に、私が一介のルポライタ…
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連載10758回 半世紀前の水害の記録 <5>
(前回のつづき) 台風19号の被害は、いまだに連日のようにメディアに報道されている。氾濫した河川、決壊した堤防などの映像が、くり返し流れる。しかし、この被害の背後にあるものについては、ほとんど触れ…
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連載10757回 半世紀前の水害の記録 <4>
(昨日のつづき) 1962年(昭37)に私が書いたルポ記事の続きである。 《昨年六月に伊那谷をおそった悲劇については、いまさら説明の必要はあるまい。 新聞やテレビをはじめ、マスコミは生…
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連載10756回 半世紀前の水害の記録 <3>
(昨日のつづき) 〽天竜くだればしぶきに濡れる などと、歌の文句を引くのは、紀行ライターの定跡である。冒頭は月並みな描写から始まって次第に本題へと筆をすすめる。20代の私も、それなりのプロの手練…
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連載10755回 半世紀前の水害の記録 <2>
(昨日のつづき) 台風19号の被害が、いまも拡大している。 東北各地の河川の氾濫によって多数の死者がでた。さまざまな形で、今後さらに深い傷跡が残りそうだ。 先端技術がもてはやされるこの国で…
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連載10754回 半世紀前の水害の記録 <1>
台風一過。小雨の降る休日だが、テレビはずっと東北地方の豪雨被害のニュースを伝え続けている。この列島は、有史以来、絶えず自然災害と共にあったことを痛感。 それにしても、この国にはなんと数多くのダム…
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連載10753回 医療への素朴な疑問 <5>
(昨日のつづき) 史上最大の台風がやってくるとかで、テレビや新聞は大騒ぎだ。いつも大袈裟にあおり立てるのがマスコミだと知ってはいても不安にならざるをえない。 停電にそなえてローソクを買っておこ…
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連載10752回 医療への素朴な疑問 <4>
(昨日のつづき) 医療や薬品に関する記事が出版物にあふれている。ネットを検索すれば、さまざまな知識がえられる。 そういう情報は、医学の世界ではほとんど相手にされていないようだ。しょせん素人相手…
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連載10751回 医療への素朴な疑問 <3>
(昨日のつづき) きょうは泉鏡花文学賞の選考会があった。電子書籍の作品を対象にするか、しないかで討論があったが、今回は単行本として刊行された作品が受賞と決まった。 次回からは、主権者側の条令を…
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連載10750回 医療への素朴な疑問 <2>
(昨日のつづき) 下肢に故障を抱えている人と、腰痛で悩んでいる人の合計は、一説によると2300万人に達するという。これはまさに国民病なのだ。 それらの人びとは、一体どのような治療を受けているの…
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連載10749回 医療への素朴な疑問 <1>
個人的な話で恐縮だが、私は若い頃、かなりの健脚自慢だった。 歩くことに自信があったのである。小学生時代は往復10キロあまりの道を、ずっと歩いて通っていたし、当時はそれが普通だった。 中学、高…