五木寛之 流されゆく日々
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連載11507回 もの言わねば唇寒し <3>
(前回のつづき) 公共施設や大学の音響について文句を言っていたら、ほかの事にも日ごろ不満に思っていたことが次々に頭に浮かんできた。 それは公共のさまざまな場所で遭遇する椅子の問題である。こんな…
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連載11506回 もの言わねば唇寒し <2>
(昨日のつづき) ある地方の大学に呼ばれて、夏季講習の講師をつとめさせられたことがあった。 新しい大学らしく、階段教室などモダンなデザインで、学生たちが講師の演壇を見おろすような構造になってい…
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連載11505回 もの言わねば唇寒し <1>
先週、ひさしぶりで人前で話をした。 コロナの流行以来、講演とかパネルディスカッションとかいった類の催しがピタッととだえた。まれに依頼があるとリモート出演のたぐいで、あまり気がすすまない。私にとっ…
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連載11504回 「折れない言葉」抄 <4>
(昨日のつづき) 『折れない言葉』の中から、いくつかの章を紹介する続きである。 <人は軽きが良き>――蓮如 あの人は軽薄でいけない、などという軽薄才子、という言葉もあって、わが国では批判の意味…
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連載11503回 「折れない言葉」抄 <3>
(昨日のつづき) 『折れない言葉』(毎日新聞出版)のなかからの抜粋である。P52~53。 <どこか老人っぽい青年と、どこか青年っぽい老人を良しとする>──キケロー。 イチローならぬキケローの言…
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連載11502回 「折れない言葉」抄 <2>
(昨日のつづき) 私が中学生の頃、不思議な本にめぐりあった。普通の四六判の単行本より、やや小さめのサイズの本だった。芥川龍之介の『侏儒の言葉』という本である。 <侏儒>というのが何のことなのか、…
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連載11501回 「折れない言葉」抄 <1>
今年の春に『折れない言葉』という本を出した(毎日新聞出版)。 ほとんど広告も出なかったので、ご存知ないかたも多いことだろう。書店もときどきのぞいてみるが、あまり見かけることもなかった。 初版…
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連載11500回 生島治郎の「傷痕」 <6>
(先週のつづき) 生島治郎とは、ある時期、毎夜のように麻雀の卓を囲んですごしたものである。徹夜した後に、喫茶店やホテルのロビーで、コーヒーを飲みながら飽きずに雑談することもあった。幾度か海外に連れ…
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連載11499回 生島治郎の「傷痕」 <5>
(昨日のつづき) 雑誌『NOW』に生島が寄せた文章は、編集部の企画として彼を金沢に行かせて、書かせたものらしい。カメラマンも同行しての短い旅だったようだ。 その後も文章は、こんなふうに続く。 …
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連載11498回 生島治郎の「傷痕」 <4>
(昨日のつづき) <ブルウ・シティ>というのは、どういう意味だろう。 金沢についてはいろんな形容詞があるが、大半は観光的な美辞麗句がほとんどだ。<加賀百万石の古都>などと月並みなものから、<北陸…
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連載11497回 生島治郎の「傷痕」 <3>
(昨日のつづき) ある年の夏、私は生島治郎とシンガポールのホテルのプールサイドで、ジンジャエールを飲みながら、とりとめのない雑談をしていた。急なスコールが去ったばかりで、気持ちのいい午後だった。 …
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連載11496回 生島治郎の「傷痕」 <2>
(昨日のつづき) 文壇事情には全くうとい私だが、わが国のミステリー&ハードボイルド小説界の成立に、生島治郎の存在が大きな役割りをはたしたことは自然に感じられていた。 彼にとっては、ひょっとする…
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連載11495回 生島治郎の「傷痕」 <1>
亡くなった同世代の作家たちのうちで、没後あらためて生前の仕事に感心したり、敬服したりする友人は幾人もいる。 そうか、こういう仕事もしていたのか、と遺作を読み返して、深くうなずく場合も少くない。 …
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連載11494回 うらやましいボケかた <4>
(前回のつづき) 加齢によって人のフィジカルが次第に変容していくのは自然の理である。 心肺機能も衰えるし、筋肉も落ちる。目も耳も退化するし、歯も抜ける。体の節々が痛み、平衡感覚も崩れてくる。 …
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連載11493回 うらやましいボケかた <3>
(昨日のつづき) このところ大学教授や医師といった知識人が、みずからのボケ(痴呆症やアルツハイマー病)などを冷静に観察し、その経過を赤裸々に語る手記が相いついで出た。 いずれもご本人の文章であ…
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連載11492回 うらやましいボケかた <2>
(昨日のつづき) 先日の産経新聞の投書欄に、おもしろい読者の文章がのっていた。 かいつまんで紹介すると、もともと頑固で無口なタイプで、近寄りづらい感じのした祖父が、3年前に認知症になった。とこ…
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連載11491回 うらやましいボケかた <1>
以前、といってもかなり昔のことだが、『文藝春秋』の本誌で『うらやましい死にかた』という企画を特集したことがあった。 全国の読者から、家族や友人など身近な人の<うらやましい死にかた>の実例を投書し…
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連載11490回 タテのものをヨコに <5>
(昨日のつづき) まあ、大筋こんな文章だが、これを中国人の読者がどのように読むのだろうか、という点が私の関心事だった。 原文中の「ぼくらのグループの団長というか、代表格の人が非常に豪放磊落な人…
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連載11489回 タテのものをヨコに <4>
(昨日のつづき) 《(承前)そういう言葉を尽くし、その言葉を形式どおり、いろんなかたちで述べ、最後は日中友好のために、というふうな美辞麗句で結ぶことは、大人同士の最初のエールの交換として大事な儀式で…
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連載11488回 タテのものをヨコに <3>
(昨日のつづき) <ものを言え、言え、と蓮如は言う> という章のなかに挿入されているエピソードである。 言霊のさきはう国などと言いながら、実際には男は無口なほうがいいというわが国の文化的風土…