五木寛之 流されゆく日々
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連載11329回 古い「改造」誌の記憶 <3>
(昨日のつづき) 私がロシア文学科の学生だった頃、大学で露文科を代表する先生がたといえば、黒田辰男、岡沢秀虎のお二人だった。 岡沢先生の『ロシヤ語四週間』などという本を開いてみたことのない学生…
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連載11328回 古い「改造」誌の記憶 <2>
(昨日のつづき) 完全軍装のフランコ反乱軍に対して、市民労働者側に参加したボランティア兵士は、スーツ姿あり、セーター姿あり、労働着ありといった雑多な集団だった。ソフト帽をかぶって小銃をかついだ姿も…
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連載11327回 古い「改造」誌の記憶 <1>
私が『わが心のスペイン』という本を出したのは、1972年のことだった。 出版社は晶文社である。『話の特集』に連載した文章を一冊にまとめたものだった。 1960年代の半ばに、私は金沢に移住した…
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連載11326回 生命の格差について <4>
(昨日のつづき) コロナ患者の重症化とともに、問題になったのがトリアージに関する判断である。 <トリアージ/triage>、原語はフランス語らしく、<トリアージュ>と呼ぶところもある。 <現代…
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連載11325回 生命の格差について <3>
(昨日のつづき) <文化というのは、じつに罪ぶかいもんだなあ> と、しばしば思うことがある。 私たちの国には、誇るべき文化遺産というものが数多くある。たとえば奈良の寺院建築だけを見ても、法隆…
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連載11324回 生命の格差について <2>
(昨日のつづき) 経済的な格差について論じられるのは、古く万葉の時代からである。生命の格差に関してもそうだ。 わが国には奴隷はいなかったと言われているが、言葉の違いだけで、奴隷以下の存在は少く…
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連載11323回 生命の格差について <1>
先月から今月にかけて新刊を3冊出した。そのため、取材やらパブリシティーで連日スケジュールがつまって大変である。 コロナ渋滞の折から、あまり人前に出たくないのだが、仕事だから仕方がない。出版は時代…
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連載11322回 現代の「悪」とは何か <4>
(昨日のつづき) 法然、親鸞が山を降りて市井に身をおいた時代、世の中は少数の「善人」と大多数の「悪人」に分かれていた。そのほかに「非人」と呼ばれる人々もいた。「非人」は人外の者であるから「悪人」の…
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連載11321回 現代の「悪」とは何か <3>
(昨日のつづき) 悪、という文字には、どこかにどす黒い陰鬱な感じがする。悪人、という言葉にしてもそうだ。 しかし、現代社会のシステムがはらむ悪のイメージは、プラスチックのように透明で軽い。そこ…
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連載11320回 現代の「悪」とは何か <2>
(昨日のつづき) 先ごろ新聞を読んでいて、すこぶるショッキングな記事に出会った。(2―13/朝日) そもそも私は新聞の大きな記事は読まない。紙面の片隅に小さく扱かわれているような記事を拾い読み…
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連載11319回 現代の「悪」とは何か <1>
「悪人正機」 という有名な言葉がある。12世紀~13世紀の仏教者、親鸞の説である。 それまでの仏教は個人の問題よりも、国家と朝廷の安穏を願うものだった。いわゆる「国家鎮護」の宗教だ。 それ…
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連載11318回 「大新聞」と「小新聞」の時代
先週、このコラムで漱石の漢詩について書いたら、 「日刊ゲンダイなんかで夏目漱石のことを論じるのは、お門違いだろう」 と、ある人に言われた。 「どうして? 漱石に失礼だってことかい」 「いや…
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連載11317回 先週読んだ本の中から <4>
(昨日のつづき) 漱石と子規との交遊は、明治22年頃にはじまったらしい。漱石、夏目金之助は第一高等中学校で英文学を専攻する学生だった。 英文学を専攻しながらも、彼は「余は少時好んで漢籍を学びた…
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連載11316回 先週読んだ本の中から <3>
(昨日のつづき) 詩といえば読むもの、というのが最近の常識だが、もともと詩は吟ずるもの、歌うものである。声に出して、メロディーをつけてうたうのだ。 仏教のほうでは、ブッダの言葉にリズムをつけて…
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連載11315回 先週読んだ本の中から <2>
(昨日のつづき) さて、『夏目漱石漢詩考』という本のことだが、どうも取っつきにくい本相をしていて、長いあいだ部屋の片隅に転がっていた一冊だ。本相というのは、人相に対する本の外見である。 そもそ…
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連載11314回 先週読んだ本の中から <1>
多少、勢いは落ちてきたとはいえ、新型コロナの粘り腰は相当なものである。 このところ子供と高齢者の感染が目立ってきたようだ。この歳でコロナになれば、私なんぞはイチコロだろう。 命令されてステイ…
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連載11313回 リモート選考会始末記 <5>
(昨日のつづき) コロナの蔓延とともに、いろんな変化が出版界にもあった。 その一つが、出版物の企画・編集という作業である。 これまで編集者の仕事といえば、書き手・作家との個人的な濃厚接触が…
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連載11312回 リモート選考会始末記 <4>
(昨日のつづき) 机の上におかれた映像画面は、意外に鮮明で、声もクリアだし違和感がない。 丹羽編集長のリードで、各選者が順番に候補作への感想をのべていく。 ひと通り12篇の批評が終ったあと…
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連載11311回 リモート選考会始末記 <3>
(昨日のつづき) 明日のこの原稿を書いている途中に、石原慎太郎氏の訃報がとびこんできた。 一瞬、呆然となる。 最近、<短編全集>なども出していて、がんばって仕事をやってるな、と思っていたと…
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連載11310回 リモート選考会始末記 <2>
(昨日のつづき) この<九州芸術祭文学賞>というのは1970年(昭45)に創設され、今回で52回を迎える文学賞である。 私は第1回からずっと皆勤で出席しているのだが、最初の頃の選考委員は5名だ…