五木寛之 流されゆく日々
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連載11169回 パンデミックの記憶 <5>
(昨日のつづき) スペイン風邪といわれる悪性インフルエンザが発生したのは、1918年あたりからである。パンデミック(世界的大流行)としては人類史上最大ともいわれる死亡者を出した。 わが国でも3…
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連載11168回 パンデミックの記憶 <4>
(昨日のつづき) 仁川から博多港へやっと着いて、やれやれと思ったところで、厄介なことになってしまった。 リバティ船が港外に停泊したまま、いっこうに上陸が始まらないのである。船内には不穏な空気が…
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連載11167回 パンデミックの記憶 <3>
(昨日のつづき) 38度線近くの難民キャンプに、かなり長いあいだ留め置かれたのは、当時韓国で大規模な鉄道ストが発生したかららしい。 くわしい事はわからないが、かなり長い間、その米軍のテント村に…
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連載11166回 パンデミックの記憶 <2>
(昨日のつづき) 若い人に蚤という字を書いて見せて、 「これ、なんと読むかわかるかい」 「うーん、どこかで見たような気がするんですが、虫がはいってる字ですから、動物ですよね」 「じゃあ、これ…
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連載11165回 パンデミックの記憶 <1>
英国種からインド種へと、変種ウイルスの蔓延が注目されている。メディアで話題になるときは、すでに問題が顕在化したときだから、実際にはかなり拡散していると見たほうがいい。 インド種をデルタ型と呼ぶの…
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連載11164回 トイレに関する考察 <5>
(昨日のつづき) 敗戦後、平壌から脱出し、徒歩で38度線をこえて米軍のテント村にたどり着いた話は何度か書いた。 しかし、その脱北行についてこれまで述べたことは、当たりさわりのない無難な話ばかり…
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連載11163回 トイレに関する考察 <4>
(昨日のつづき) むかし仲間が集って馬鹿噺をしていたとき、一人の友達が、 「このなかで子供のときに寝小便したことがある奴いるかい」 と言いだした。 「ある」 「おれもあるね」 「寝小便…
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連載11162回 トイレに関する考察 <3>
(昨日のつづき) 今朝(6・22)の産経新聞に平川祐弘氏の『はばかられる男女差別の論調』という文章が掲載されていた。「正論」という欄である。 そのなかで、男性トイレと女性トイレについて触れてあ…
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連載11161回 トイレに関する考察 <2>
(昨日のつづき) 昔はほとんどの家に、トイレは大と小とが区別して設けられていた。小のほうは男性専用で、朝顔と称した。 大のほうはしゃがんでする和風トイレだった。最近はかなり贅沢なマンションでも…
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連載11160回 トイレに関する考察 <1>
国際的なタオイズム(道教)の権威であった故・福永光司さんに、こんな話をうかがったことがあった。 「イツキさん、<倭>という言葉でどんなことをイメージしますか」 「<倭人>の<倭>ですね。『漢書』…
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連載11159回 ニューノーマルの時代 <5>
(昨日のつづき) 捨てるより集めることが美徳だった時代がしばらく続いて、やがて世の中はモノにあふれ返る時代に変りました。 シンプルライフへの憧れが生まれ、集めるよりも捨てることに人びとの関心が…
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連載11158回 ニューノーマルの時代 <4>
(昨日のつづき) 中世、鎌倉新仏教と呼ばれるニューノーマル思想のなかで、法然を源流とする浄土教の立場は「捨てる」ことを出発点としました。 法然その人は比叡山で「智慧第一の法然房」と謳われた大知…
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連載11157回 ニューノーマルの時代 <3>
(昨日のつづき) このところ、いわゆる「断捨離ブーム」が再燃したような感じがします。女性雑誌をはじめテレビや新聞まで、暮らしの簡素化の大合唱なのはコロナの影響かもしれません。 ステイホームの日…
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連載11156回 ニューノーマルの時代 <2>
(昨日のつづき) アルマーニ氏は言います。 「私は男性的な装いと女性的な装いと考えられていたものの境界線を曖昧にしようと、芯地のない軽くて柔らかな<アンコンストラクテッド(構築的でない)ジャケッ…
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連載11155回 ニューノーマルの時代 <1>
私が若かった頃、同業の仲間たちのあいだで、アルマーニの服を着ている作家など一人もいませんでした。 値段が高いから、というわけではない。その気になれば、さほど無理をせずに買える売れっ子の作家でも、…
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連載11154回 大谷大学で話したかったこと <10>
(昨日のつづき) ながながと話を続けて、やっと大学を横に出たあたりまでしか話が進みませんでした。 ここまでは実は本題のアプローチです。私がお話ししたかったのは、どのようにして自分が親鸞という存…
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連載11153回 大谷大学で話したかったこと <9>
(昨日のつづき) こうして私はなんとか早稲田の露文科、正式には第一文学部ロシア文学専攻科にもぐり込んだのですが、結局、卒業できませんでした。 働きながら学ぶ、というのは体裁のいい言葉ですが、実…
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連載11152回 大谷大学で話したかったこと <8>
(昨日のつづき) その日から75年あまりの歳月が過ぎました。あの時、私が抱えこんだ大きな謎は、心の最深部に重い滓のように沈澱して、引揚後も長く残って消えませんでした。 美しい心の持主が美しい歌…
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連載11151回 大谷大学で話したかったこと <7>
(昨日のつづき) あれは1945年(昭20)の、9月末のことではなかったかと思います。私はまもなく13歳になる直前でした。 まさに愚連隊のようなソ連兵の集団が、うたいながら通り過ぎていきます。…
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連載11150回 大谷大学で話したかったこと <6>
(前回のつづき) (今週も引き続き、先日の講演で話したかったこと、十分に話せなかったことを、後出しのかたちで書かせてもらうことにする) 敗戦後の9月下旬のことでした。その日、昔の軍の飛行場だった…