五木寛之 流されゆく日々
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連載11710回 健康法ならぬ養生<1>
健康、という言葉がなぜか好きではない。 五体健全がイヤなのではなくて、健康という心身の状態に不信を抱いているのだ。 そもそも、なにをもって健康というのだろう。検査の結果、いろんな数値が安全枠…
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連載11709回 記憶の地下茎より <4>
(昨日のつづき) その村の名前が、どうしても思い出せない。 私の最初の記憶の舞台になった小さな村である。 いまは韓国のどこかの地方の町だろうが、当時は韓国という言葉は使われていなかった。す…
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連載11708回 記憶の地下茎より <3>
(昨日のつづき) 産湯を使ったときの記憶が残っているという人がいる。生まれたときに取り上げてくれた女の人の顔をおぼえているという作家の文章を読んだこともあった。 そんな事が実際にあるのだろうか…
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連載11707回 記憶の地下茎より <2>
(昨日のつづき) 母親についての記憶があまりないのはどういうわけだろう。 一つは彼女が職業婦人だったことかもしれない。 福岡の女子師範学校をでて、地方の小学校の教師として働き、そこで同じ小…
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連載11706回 記憶の地下茎より <1>
憶えているはずの人の名前が、なぜか出てこない。 あれほど何度も文章に書き、手紙ももらった相手であるにもかかわらず思い出せないのだ。認知症の初期の症状かもしれない。 そういう事が昔からしばしば…
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連載11705回 坊主頭の夏がゆく <5>
(昨日のつづき) 昔は子供のことを<坊主>といった。 <ヤンチャ坊主>とか、「この小坊主」などといったものである。 これは、いわゆる<お坊さん/僧侶>のことではない。たぶん髪の毛を丸刈りにし…
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連載11704回 坊主頭の夏がゆく <4>
(昨日のつづき) 昨夜、朝方まで新人賞の原稿を読んでいたので、疲れた。 長篇小説3本となると、とても一晩で読み終えるのは難しい。まして新人賞の候補作とあっては、速読というわけにもいかず、結局、…
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連載11703回 坊主頭の夏がゆく <3>
(昨日のつづき) 私が小学校に入学したのは、たぶん昭和10年代のはじめの頃だろう。中学1年のときに敗戦の夏を迎えたのだから、昭和12、13年あたりではあるまいか。 その時の写真を見ると、当時お…
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連載11702回 坊主頭の夏がゆく <2>
(昨日のつづき) 朝、起きてトイレに行き、洗面所にいく。 鏡を見て、一瞬、戸惑った。鏡の中に見知らぬ男が映っていたからだ。坊主頭で、すこぶる人相が悪い。 ギョッとして身構えたが、すぐにそれ…
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連載11701回 坊主頭の夏がゆく <1>
仏門に入って頭を丸めることを<剃髪>という。いわゆる坊主頭だ。 一般には戒師が出家する者に戒をあたえて、髪を剃るのだが、真宗などでは在家の者の頭にカミソリを当て、剃髪に擬して儀式をおこなうらしい…
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連載11700回 「君たちはどうボケるか」 <5>
(昨日のつづき) 人は老いる。同じように、程度の差こそあれ人は必ずボケるものだとあきらめよう。 初期の認知症やアルツハイマー病の予防薬の開発が話題になっているが、それはそれで結構なことだ。しか…
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連載11699回 「君たちはどうボケるか」 <4>
(昨日のつづき) ヒトは、生まれて、活動して、衰えて、死ぬ。 未来のことはわからない。とりあえず現在はそうだ。昔は「人生五十年」といった。それが現実であり、常識だった。 最近は「百年人生」…
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連載11698回 「君たちはどうボケるか」 <3>
(昨日のつづき) このところ『日刊ゲンダイ』の紙面には、やたらとボケに関する記事が多い。 時勢に敏感な夕刊紙なので、読者の関心事を如実に反映しているのだろう。 冒頭で戦後日本人の関心の推移…
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連載11697回 「君たちはどうボケるか」 <2>
(昨日のつづき) ボケの側面には悲惨な現実もある。 とても笑いの対象になるような事例ではない。暴言を吐く、暴力をふるう、その他、常識では考えられない行為にはしる例もある。悲惨なボケかたの実態は…
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連載11696回 「君たちはどうボケるか」 (1)
先日、こんな川柳が新聞の投稿欄にのっていた。 「ボケてやる 化けてやるより効き目あり」(児玉暢夫・作) 「化けて出てやる、この怨み果たさずにはおくものか」 というのは定番のセリフだ。化けて出…
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連載11695回 暑中「怠談」申し上げます <5>
(昨日のつづき) 「話は変りますが」 と、Q青年、ちょっと改まった口調で、 「例の<チャットGPT>の問題、五木さんはどう思われますか」 「チャット? ああ、あれか<生成AI>とか、その手の…
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連載11694回 暑中「怠談」申し上げます <4>
(昨日のつづき) 私の父親の名前は「信蔵」である。 なんとなく古くさい名前だ。法名は「釋浄信」。 若くして亡くなった弟の名前は、邦之だった。したがって法名は<釋浄邦>。 「それじゃイツキ…
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連載11693回 暑中「怠談」申し上げます <3>
(昨日のつづき) Q青年との雑談は、だらだらと、とりとめもなく続く。 「イツキさんは子供の頃、どんな本を読んでたんですか」 「子供の頃って、いくつぐらいの時の話だい」 「まあ、小学生の頃とか…
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連載11692回 暑中「怠談」申し上げます <2>
(昨日のつづき) 「ぼくは体重を計ったことないんですよ」 と、若い編集者、Q君は自慢気にいう。 「そのかわり、腹囲は気をつけているんです。スラックスのベルトの目が、いつも一定になるように――」…
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連載11691回 暑中「怠談」申し上げます <1>
90歳の壁をこえて、ほぼ1年が過ぎた。来月末には91歳である。 同年の石原慎太郎氏や、大島渚、小田実の諸氏もすでに世を去って、「孤影残照」といった感じ。 目下、杖をついてトボトボ歩いているの…