ドクター・デスの再臨
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<100>声の主は冷静かつ理性的なタイプ
「未詳人物の声が確認できるのはこの箇所だけです。きっと三時間も同じ作業を続けていたので、つい油断したのでしょう。ICレコーダーから離れた場所にいたことも油断を誘った一因かもしれませんね。タイピングの音…
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<99>明らかに伊智山以外の声だった
犬養はまだ見ぬ手掛かりに過大な期待をかけることがない。それよりは現場で感知する矛盾や違和感を解く方が事件解決に近づくと信じている。しかし今回のように矛盾や違和感もない事件では気持ちばかりが空回りして…
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<98>安楽死の実行者に口述筆記を?
翌日になると伊智山の解剖報告書と鑑識の報告書がほぼ同時に上がってきた。 解剖報告書に特に見るべきものはない。事前の情報通り伊智山の肉体は膵臓がんに侵され、しかもステージⅣで他の臓器にも転移が…
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<97>伊智山が口述筆記を頼んだ相手は…
犬養たちより先に臨場していた鑑識は、既に現場から興味深い物的証拠のいくつかを押収していた。一つはマンション一階のエントランスに設置された防犯カメラの映像であり、前々日十九日の午前中にヤマモト運輸の制…
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<96>先生はまるで眠っているようでした
小説家伊智山邦雄の死体が発見されたのは四月二十一日のことだった。場所は伊智山が自宅兼事務所にしている中野区江古田の分譲マンション、発見者は出版社双龍社の高橋という編集者だ。 「次回作のプロット…
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<95> <幸福な死>サイトにメールを送信
延命治療を中断すると副作用は薄らいだものの、以前にも増して肉体が悲鳴を上げ続けた。がんが他の臓器に転移し内部から蝕んでいたのだ。末期にもなれば己の余命がどれほどのものかは見当がつく。伊智山は執筆を進…
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<94>膵臓がんの体には花粉症も影響せず
〈2〉 目覚めると、小説家伊智山邦雄はベランダに出てみた。 三月下旬に入ると関東地方にも本格的な花粉症のシーズンが到来した。例年なら目の痒みや鼻水の対策に鬱陶しくなる時期だが、今年はま…
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<93>被害者2人の腕に残った注射痕はそっくり
長山瑞穂の事件は三月十五日、岸真理恵の事件は同月二十九日に発生している。この点は捜査会議でも容疑者特定の条件として挙げられていた一つだ。 「十五日も二十九日も同じ曜日です」 「組んだシフ…
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<92>納入先が被る医療機関を絞ればいい
自ら違法な積極的安楽死を実行していた者の口から、その正当化への危険性を警告されるのは妙な気分だった。 「お前が言うなって顔をしていますね」 「正直、説教強盗が講釈を垂れているように聞こえ…
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<91>生者に邪魔な人間が存在するんですよ
犬養は意外な感を拭えない。 「あなたにとっては本望じゃないのか。あなたの掲げていた正義が、これからは医療のスタンダードになるのだから」 「そんなことでわたしが喜ぶとでも思ってるんですか」…
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<90>自分の予想通りに事が運ぶのは楽しい
国分への不本意な報告を済ませた犬養たちは東京拘置所のめぐみを再訪した。 「こんにちは」 面会室に現れためぐみはにこやかに二人を出迎える。まるで塀の中の住人とは思えない振る舞いに犬養は毒…
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<89>部局の想いなど歯牙にもかけない
国会論戦が本格化した頃、犬養と明日香は再び国分の訪問を受けた。 「参りましたよ」 開口一番、国分は弱音を吐く。 「省内部でも法制化推進派の動きは注視していたのですが、まさか有志の…
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<88>安楽死容認は患者を死に押しやる装置
亀谷幹事長はいささか激情家の一面があり、厚労大臣時代には勢い余った失言や踏み込んだ発言で毀誉褒貶相半ばする印象が強かった。だが会見上での法制化否定発言は本人の意図とは別に、積極的安楽死が政争の争点に…
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<87>人の生き死にを法で推進するとは
四 倫理の死 〈1〉 犬養たちがめぐみとの協同捜査に着手している間も医療関係者や厚労省界隈、そして政府関係者は安楽死の是非を巡って甲論乙駁を繰り返していた。積極的安楽死法制化の是非には…
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<86>どうして女はこうも勘が鋭いのか
平沢の事務所を後にすると、明日香が開口一番に訊いてきた。 「どうして平沢弁護士と会おうとしたんですか」 「班長に言った通りだ。彼女と弁護人との信頼関係を確認し、加えて弁護人の能力を知って…
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<85>彼女に対する純然たる興味がある
依頼人との信頼関係が脆弱であるのを告白しているにも拘わらず、平沢はめぐみへの関心が薄らいでいない様子だった。 「しかし先生は雛森めぐみの弁護人を辞めるつもりはないように見受けられます」 …
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<84>彼女はまるで私を信用していない
平沢はこちらの真意を探るように上目遣いで睨んできた。齢に不相応な重さを持った眼光に、犬養は第一印象を直ちに訂正する。 海千山千とまではいかなくても、何度も人を裏切りそして裏切られた者の目だっ…
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<83>めぐみの弁護士は典型的なマチ弁
二度目の面会を果たした同日、犬養たちはめぐみの弁護人が司法取引に合意したことを麻生から伝えられた。 「彼女の弁護人に会ってきます」 「何を言い出した」 麻生は犬養の言葉に表情を険…
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<82>JKリーグは注射器を持ったただの殺人者
犬養さんたちにも思うところはあるでしょうけど、と前置きしてからめぐみは口調を一変させた。 「JKリーグという人物を早急に逮捕してほしいというのはわたしも同じです。本人はジャック・ケヴォーキアン…
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<81>医療界のジャンヌ・ダルクのつもりか
〈4〉 翌日、犬養と明日香は氷野検事の条件つき回答を携えて東京拘置所の雛森めぐみを訪れた。 「マスコミ関係者との面会謝絶ですか」 検察側の対応を予測していたのか、めぐみは大して驚…