五木寛之 流されゆく日々
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連載11706回 記憶の地下茎より <1>
憶えているはずの人の名前が、なぜか出てこない。 あれほど何度も文章に書き、手紙ももらった相手であるにもかかわらず思い出せないのだ。認知症の初期の症状かもしれない。 そういう事が昔からしばしば…
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連載11705回 坊主頭の夏がゆく <5>
(昨日のつづき) 昔は子供のことを<坊主>といった。 <ヤンチャ坊主>とか、「この小坊主」などといったものである。 これは、いわゆる<お坊さん/僧侶>のことではない。たぶん髪の毛を丸刈りにし…
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連載11704回 坊主頭の夏がゆく <4>
(昨日のつづき) 昨夜、朝方まで新人賞の原稿を読んでいたので、疲れた。 長篇小説3本となると、とても一晩で読み終えるのは難しい。まして新人賞の候補作とあっては、速読というわけにもいかず、結局、…
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連載11703回 坊主頭の夏がゆく <3>
(昨日のつづき) 私が小学校に入学したのは、たぶん昭和10年代のはじめの頃だろう。中学1年のときに敗戦の夏を迎えたのだから、昭和12、13年あたりではあるまいか。 その時の写真を見ると、当時お…
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連載11702回 坊主頭の夏がゆく <2>
(昨日のつづき) 朝、起きてトイレに行き、洗面所にいく。 鏡を見て、一瞬、戸惑った。鏡の中に見知らぬ男が映っていたからだ。坊主頭で、すこぶる人相が悪い。 ギョッとして身構えたが、すぐにそれ…
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連載11701回 坊主頭の夏がゆく <1>
仏門に入って頭を丸めることを<剃髪>という。いわゆる坊主頭だ。 一般には戒師が出家する者に戒をあたえて、髪を剃るのだが、真宗などでは在家の者の頭にカミソリを当て、剃髪に擬して儀式をおこなうらしい…
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連載11700回 「君たちはどうボケるか」 <5>
(昨日のつづき) 人は老いる。同じように、程度の差こそあれ人は必ずボケるものだとあきらめよう。 初期の認知症やアルツハイマー病の予防薬の開発が話題になっているが、それはそれで結構なことだ。しか…
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連載11699回 「君たちはどうボケるか」 <4>
(昨日のつづき) ヒトは、生まれて、活動して、衰えて、死ぬ。 未来のことはわからない。とりあえず現在はそうだ。昔は「人生五十年」といった。それが現実であり、常識だった。 最近は「百年人生」…
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連載11698回 「君たちはどうボケるか」 <3>
(昨日のつづき) このところ『日刊ゲンダイ』の紙面には、やたらとボケに関する記事が多い。 時勢に敏感な夕刊紙なので、読者の関心事を如実に反映しているのだろう。 冒頭で戦後日本人の関心の推移…
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連載11697回 「君たちはどうボケるか」 <2>
(昨日のつづき) ボケの側面には悲惨な現実もある。 とても笑いの対象になるような事例ではない。暴言を吐く、暴力をふるう、その他、常識では考えられない行為にはしる例もある。悲惨なボケかたの実態は…
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連載11696回 「君たちはどうボケるか」 (1)
先日、こんな川柳が新聞の投稿欄にのっていた。 「ボケてやる 化けてやるより効き目あり」(児玉暢夫・作) 「化けて出てやる、この怨み果たさずにはおくものか」 というのは定番のセリフだ。化けて出…
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連載11695回 暑中「怠談」申し上げます <5>
(昨日のつづき) 「話は変りますが」 と、Q青年、ちょっと改まった口調で、 「例の<チャットGPT>の問題、五木さんはどう思われますか」 「チャット? ああ、あれか<生成AI>とか、その手の…
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連載11694回 暑中「怠談」申し上げます <4>
(昨日のつづき) 私の父親の名前は「信蔵」である。 なんとなく古くさい名前だ。法名は「釋浄信」。 若くして亡くなった弟の名前は、邦之だった。したがって法名は<釋浄邦>。 「それじゃイツキ…
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連載11693回 暑中「怠談」申し上げます <3>
(昨日のつづき) Q青年との雑談は、だらだらと、とりとめもなく続く。 「イツキさんは子供の頃、どんな本を読んでたんですか」 「子供の頃って、いくつぐらいの時の話だい」 「まあ、小学生の頃とか…
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連載11692回 暑中「怠談」申し上げます <2>
(昨日のつづき) 「ぼくは体重を計ったことないんですよ」 と、若い編集者、Q君は自慢気にいう。 「そのかわり、腹囲は気をつけているんです。スラックスのベルトの目が、いつも一定になるように――」…
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連載11691回 暑中「怠談」申し上げます <1>
90歳の壁をこえて、ほぼ1年が過ぎた。来月末には91歳である。 同年の石原慎太郎氏や、大島渚、小田実の諸氏もすでに世を去って、「孤影残照」といった感じ。 目下、杖をついてトボトボ歩いているの…
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連載11690回 「ベ平連」と「ウ平連」 <5>
(昨日のつづき) なぜ『ウ平連』が登場しないのか、という私の疑問に対して、友人の老ジャーナリストが言った。 「それは理由がある」 「小田実がいないってことかね」 「ちがう。錯覚しちゃいけない…
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連載11689回 「ベ平連」と「ウ平連」 <4>
(昨日のつづき) ウクライナ戦争について、コメントを求められることがしばしばある。 そんなとき、思わず口ごもってしまうのは、私の側に、現在の国際政治についての常識というか、基礎的な知識が欠けて…
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連載11688回 「ベ平連」と「ウ平連」 <3>
(昨日のつづき) 私の周辺にも、テレビで脱出する難民の姿を見て、眠れなかったという人が沢山いた。 ベトナム戦争のときは、特別に関心のある人は別として、一般の日本人はそれほど強い精神的ショックは…
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連載11687回 「ベ平連」と「ウ平連」 <2>
(昨日のつづき) 「ベヘーレン? なんですか、それ」 と、聞き返されて、とっさに返事ができないのは、意表を突かれた反応だったからである。 「ベ平連、って、聞いたことない?」 「ないです。いつ…