五木寛之 流されゆく日々
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連載10758回 半世紀前の水害の記録 <5>
(前回のつづき) 台風19号の被害は、いまだに連日のようにメディアに報道されている。氾濫した河川、決壊した堤防などの映像が、くり返し流れる。しかし、この被害の背後にあるものについては、ほとんど触れ…
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連載10757回 半世紀前の水害の記録 <4>
(昨日のつづき) 1962年(昭37)に私が書いたルポ記事の続きである。 《昨年六月に伊那谷をおそった悲劇については、いまさら説明の必要はあるまい。 新聞やテレビをはじめ、マスコミは生…
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連載10756回 半世紀前の水害の記録 <3>
(昨日のつづき) 〽天竜くだればしぶきに濡れる などと、歌の文句を引くのは、紀行ライターの定跡である。冒頭は月並みな描写から始まって次第に本題へと筆をすすめる。20代の私も、それなりのプロの手練…
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連載10755回 半世紀前の水害の記録 <2>
(昨日のつづき) 台風19号の被害が、いまも拡大している。 東北各地の河川の氾濫によって多数の死者がでた。さまざまな形で、今後さらに深い傷跡が残りそうだ。 先端技術がもてはやされるこの国で…
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連載10754回 半世紀前の水害の記録 <1>
台風一過。小雨の降る休日だが、テレビはずっと東北地方の豪雨被害のニュースを伝え続けている。この列島は、有史以来、絶えず自然災害と共にあったことを痛感。 それにしても、この国にはなんと数多くのダム…
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連載10753回 医療への素朴な疑問 <5>
(昨日のつづき) 史上最大の台風がやってくるとかで、テレビや新聞は大騒ぎだ。いつも大袈裟にあおり立てるのがマスコミだと知ってはいても不安にならざるをえない。 停電にそなえてローソクを買っておこ…
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連載10752回 医療への素朴な疑問 <4>
(昨日のつづき) 医療や薬品に関する記事が出版物にあふれている。ネットを検索すれば、さまざまな知識がえられる。 そういう情報は、医学の世界ではほとんど相手にされていないようだ。しょせん素人相手…
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連載10751回 医療への素朴な疑問 <3>
(昨日のつづき) きょうは泉鏡花文学賞の選考会があった。電子書籍の作品を対象にするか、しないかで討論があったが、今回は単行本として刊行された作品が受賞と決まった。 次回からは、主権者側の条令を…
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連載10750回 医療への素朴な疑問 <2>
(昨日のつづき) 下肢に故障を抱えている人と、腰痛で悩んでいる人の合計は、一説によると2300万人に達するという。これはまさに国民病なのだ。 それらの人びとは、一体どのような治療を受けているの…
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連載10749回 医療への素朴な疑問 <1>
個人的な話で恐縮だが、私は若い頃、かなりの健脚自慢だった。 歩くことに自信があったのである。小学生時代は往復10キロあまりの道を、ずっと歩いて通っていたし、当時はそれが普通だった。 中学、高…
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連載10748回 50年目の『青春の門』─第九部(漂流篇)のこと─ <3>
(昨日のつづき) 今回の第九部の背景になっているのは、1961年から62年にかけての時代である。 大学を横に出た私は、その頃、CMソング、テレビ・ラジオ、レコード関係の底辺を漂流しつつ仕事をし…
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連載10747回 50年目の『青春の門』─第九部(漂流篇)のこと─ <2>
(昨日のつづき) この日刊ゲンダイ紙の7面に連載されている保阪正康さんの『歴史から新元号の今を見る』(日本史縦横無尽)を愛読しているのだが、先日、中野正剛と東條英機についての記述があった。 中…
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連載10746回 50年目の『青春の門』─第九部(漂流篇)のこと─ <1>
自分自身のためのPRである。 数日前に、新しい単行本が出た。『青春の門』(漂流篇)である。ようやく第九部までたどりついたのだ。 この物語を書きはじめたのは、いつ頃のことだろうか。恥ずかしなが…
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連載10745回 さらば深夜の友よ <2>
(昨日のつづき) きのうは栃木へいってきた。午前中に起きて、東北新幹線に飛び乗り、小山へ。 浄土宗系寺院の住職有志による『仏教耕心の会』主催の講演会である。小山へは以前もこの会に呼ばれて講演を…
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連載10744回 さらば深夜の友よ <1>
このところ次第に夜が短くなった。季節の話ではない。夏が過ぎれば、夜は長くなっていく。しかし、それと反対に、夜の時間が少しずつ少しずつ失われていく気配があるのだ。 ブラート・オクジャワは、60年代…
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連載10743回 明治の演歌とラップ <8>
(昨日のつづき) 明治の演歌は言葉の奔流だった。リズムに乗せて、歌うというよりガナリ立てる感じだっただろう。 街角で足を止め、それを聴く側も歌詞の中身に耳を傾けたにちがいない。歌の上手下手より…
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連載10742回 明治の演歌とラップ <7>
(昨日のつづき) 明治から大正に変っていくなかで、国家権力が力を増していく。 自由民権をとなえて政府批判をくり返していた壮士、書生も、出世街道へと転進して、権力に反抗する者は危険思想の持主とし…
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連載10741回 明治の演歌とラップ <6>
(昨日のつづき) 明治の演歌の特徴は、なによりもまず言葉の量である。リズムに乗せて口ずさんでみると、すこぶる気持ちがいい。歌詞がメッセージであると同時に、音としてスイングするものがあるのだ。 <…
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連載10740回 明治の演歌とラップ <5>
(前週のつづき) 明治時代の演歌の話の続きである。当初は政治青年、活動家たちによって歌われた街頭演歌は、一種のデモンストレーションだった。 壮士芝居、政治講談とならんで、権力のあり方を痛烈に批…
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連載10739回 明治の演歌とラップ <4>
(昨日のつづき) 当時、流行った壮士節の中から、たとえば『改良節』の歌詞を見てみよう。『ヤッツケロ節』や『浮世節』などと共に、街頭で歌われたヒット曲の一つである。 <鼻唄うたってベランメー…