昭和スター千一夜物語
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ちあきなおみ(3)艶っぽい第一印象とは裏腹に、根は「母性」にあふれた女性に映った。
ちあきなおみさんが自分の唇について「赤ん坊を食べてきた唇」と表現して私はびっくり。おばあちゃん子だった、ちあきさんは「日本昔話や童謡、怖い話をたくさん話してもらった」そうで、唇の話は「鬼子母神」伝説…
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ちあきなおみ(2)「人からよく“たった今、赤ん坊を食べてきたばかりの唇”って言われるわ」
NHKの局舎は1973年7月3日、現在の渋谷区神南に引っ越すが、それまでは内幸町にあった。私が在籍したクラブ「東京ラジオ・テレビ記者会」も館内にあり、71年6月、NHKの出演者控室で、ちあきさんを待…
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ちあきなおみ(1)芸能記者になって初めてインタビューした人だった
銀幕を去って32年、“昭和の歌姫”ちあきなおみさんが喜寿を迎える。デビューして半世紀がたつ今日でも「四つのお願い」「喝采」「紅い花」など彼女のヒット曲はカラオケで歌い継がれ、CDアルバムも出せば売れ…
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後藤久美子(8)3児の母となり、50歳になった今もゴクミはお美しい
後藤久美子、ゴクミは18歳で恋をして、21歳で婚約、22歳で結婚(事実婚)そして3児の母となり、今もお美しい50歳である。還暦(1964年生まれ)の夫のジャン・アレジは資産400億円の富豪で住まいは…
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後藤久美子(7)「アレジに小麦色のエキゾチックな恋人ができたらしい」
友人のジョージ・ヤハタやAP通信員のエディの協力、現地の日系パウリスタ新聞の記者たちの援護で、後藤久美子&ジャン・アレジのロマンス取材は成功。アレジとともに「ブラジルGP」を戦って8位に入った鈴木亜…
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後藤久美子(6)深夜3時、やっとゴクミとアレジの記事は地球の裏側に届いた
後藤久美子がサンパウロ市でジャン・アレジとの関係を説明した1995年3月27日午後の会見後、写真のAP電送依頼、記事の執筆、送稿という作業が待っていた。私は24日に現地入り、AP通信員のエデーに「ア…
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後藤久美子(5)アレジとの“恋のキューピッド”はジャッキー・チェンだった
ブラジルGPが終わった翌(1995年3月)27日午後、後藤久美子はサンパウロ市内のレストランで記者会見を行った。ご当地でジャン・アレジとの熱愛が発覚したため、会場は日本の現地特派員や通信員、日本のテ…
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後藤久美子(4)アレジのマシンを追いながら快調だった「無限ホンダ」鈴木亜久里も撮影
1995年3月26日、「F1ブラジルGP決勝」はインテルラゴス・サーキットで開催された。前日の最終予選を観戦した同じ席に着き、三脚に400ミリレンズを装着してカメラをセット。アレジのマシンを追いなが…
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後藤久美子(3)「彼も同じ写真を欲しがっている」電話の主はライバル紙のK記者だった
AP通信社の通信員エデー・カメラマンは後藤久美子とジャン・アレジのロマンス情報を得ていて、2人が1995年3月中旬に現地に入るとフォーカスをかけていた。ガイド役のジョージは「エデーは友人で、2人の写…
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後藤久美子(2)「金に糸目は…」人生初のファーストクラスで地球の裏側ブラジル着
「国民的美少女」後藤久美子と、「F1ドライバー」ジャン・アレジの世紀の結婚スクープ! 上司は社運をかけたような意気込みで、私にブラジルGPが開催されるサンパウロ行きを命じた。 「現状の仕事は全部…
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後藤久美子(1)アレジに会いにブラジルに行くとの情報…急きょサンパウロに出張することに
国民的美少女といわれたゴクミこと後藤久美子と、F1ドライバーとして活躍したジャン・アレジが世界を股にかけて愛し合い、結ばれてから29年が経った。6月11日で還暦を迎えたアレジ、いまなお美しい50歳の…
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ヒデとロザンナ(7)「同じ墓に入りヒデと永遠に暮らしたい」
ヒデとロザンナは「愛の奇跡」(68年10月)ではじまり、21年後の「愛はいつまでも」(89年7月)まで、シングル29枚を世に送って幕を閉じている。私は10年前、取材でロザンナと39年ぶりに再会。彼女…
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ヒデとロザンナ(6)8歳年上の東洋人にロザンナは「やばい、運命の人だわ」と直感し…
ヒデとロザンナの2人の愛は、ロザンナの「ひと目ぼれ」からはじまっている。イタリア北部のアルプスに囲まれた小さな町「スキオ」で生まれたロザンナは17歳のとき、東京・赤坂のナイトクラブ「月世界」で演奏し…
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ヒデとロザンナ(5)勝新太郎からドラマ出演オファー ヒデの演技を「実にいい」と上機嫌だった
ヒデとロザンナ家に招かれてから1~2カ月後の1975年9月、ヒデさんから「ドラマの、いい仕事が決まった」という朗報が入った。それは勝新太郎主演の「痛快!河内山宗俊」のレギュラーだという。ヒデさんは歌…
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ヒデとロザンナ(4)ロザンナの心に打撃を与える女性は、いつも「ややグラマー」だった
ヒデとロザンナの新婚家庭、赤坂のマンションに夫婦で招かれたとき、身重のロザンナは「ヒデが好む“肉付きのいい”女性になりたかった」と、真剣な面持ちで話し出した。彼女が言う“肉付きのいい”とは「ややグラ…
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ヒデとロザンナ(3)ロザンナはたどたどしい日本語で「いつもヒデはテイシュカンパク」とのろけていた
フジテレビ「芸能人ゴルフ大会」に出場したヒデとロザンナのヒデさんは、厚木国際CCから復路の運転で「久々の仕事が好きなゴルフ。頑張った。でも、スリーパットの連続で最悪に終わった」と少し気落ち気味。助手…
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ヒデとロザンナ(2)ゴルフに向う途中“夫婦生活”の話を突然…「秘訣を見つけたんだ」
ヒデとロザンナの「ハワイ挙式」(1975年2月)を独占取材したフジテレビ「スター千一夜」(月~土、午後7時45分~8時)は芸能、スポーツ、時の人が出演したテレビ史に残る人気トーク番組である。人気絶頂…
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ヒデとロザンナ(1)「挙式をフジテレビに幾らで売った?」新婚の2人には罵声が浴びせられた
「愛の奇跡」や「愛は傷つきやすく」などの大ヒットで一世を風靡したデュオ「ヒデとロザンナ」の出門英さん(享年47)が、今年で35周忌(6月17日)を迎えた。同い年のヒデさんとは「できちゃった結婚」同士で…
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中村敦夫(7)「政治家が正しい道を作り、国民が手本となるべき」
敦夫さんから呼び出され、ご自宅を訪ねた。「テレビのキャスターは辞めたい。政治・社会問題は闇が多すぎてやりきれん」と、ストレスをため込んでいる様子。若いころから興味のあった東南アジアを舞台に小説を書き…
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中村敦夫(6)紋次郎のヒットで「役者としての表現は達成できたが、虚構の世界で現実味がない」
中村敦夫さんは「ボクは時代の表現者」という言葉をよく使う。厳格なジャーナリスト(読売新聞の記者)の父を持ったDNAのせいか、常に自己主張の場を求めてやまないし、実際、今も「原発事故」など環境問題を掲…