沢田研二の音楽1980-1985
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トシちゃんやマッチには歌えない、大人っぽい曲を歌ってやる
いよいよ本連載で取り上げる最後の作品。 まず目を引くのは、全9曲の編曲と、「灰とダイヤモンド」を除く、全8曲の作曲を担当した大野克夫の起用である。「沢田研二&大野克夫」のアルバムと言っても、…
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大実験の成果は第一線のプレーヤーたちに引き継がれた
「沢田研二1980-1985」の自己否定──という前回書いた内容について、いきなり私自身が「自己否定」するわけではないのだが、逆の視点からも考えてみたい。 つまり「沢田研二1980-1985」…
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自ら「創造しい」6年間に終焉を告げた言葉たち
「灰とダイヤモンド」の本質は、その歌詞にあると思う。 作詞:李花幻は沢田研二自身。「李花幻=いいかげん」とは反語になっていて、これでもかこれでもかと、徹底的に内面を吐露しているように読めるもの…
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80年代前半の黄金期メンバーがみーんな、いなくなった
タイトル「灰とダイヤモンド」は、1959年のポーランド映画からの引用。この映画の中で描かれているのは、45年、ドイツ降服直後のポーランドだ。 しかし、この曲を聴いて、私が想起するのは、45年…
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彼こそが日本の「ロックンロール・ボーカリスト」の源流だ
ロックンローラー・沢田研二が「AMAPOLA」を、格別な歌唱力で聴かせる意味について、前回に続いて、考えを巡らせる。 この連載は、ここまで読み続けていただいた方なら分かってもらえる通り、「沢…
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当時は意義を見いだせなかった格別な歌唱力
「沢田研二1980-1985」の中で、これほど評価が激変したシングルはない。 当時高3の私が「なんで、こんなスタンダードを、沢田研二が歌っているんだろう?」と怪訝に思いながら、聴いていたことを…
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最大のキーマンを再確認させる「すべてはこの夜に」
前回、アルバムの中の曲について「ノンポリシー」と「ナンセンス」がいい、もう1曲加えるなら「8月のリグレット」と書いた。 ただ、別格的な曲が1つあることを忘れてはならない。というか忘れられない…
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ブレーク直前の秋元康のセンスが光るタイトル
シングル「きめてやる今夜」「どん底」「渡り鳥はぐれ鳥」は売り上げに恵まれなかった。アルバム「女たちよ」は、正直、難解で息苦しい印象が先立ってしまった。 そんな中、このアルバムは、まずジャケッ…
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ナベプロが新たな柱に社運をかけた状況で、ジュリーの立場は息苦しく…
前回少し出てきたのが、当時まだ18歳の吉川晃司である。 沢田研二と同じ渡辺プロダクション所属(ナベプロ)で、1984年2月1日に華々しくデビューする。 デビュー曲はもちろん「モニカ」…
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これでもかと飛び跳ねる高度な「自虐パロディー」
このシングル発売から約1カ月後、1984年5月31日のTBS系「ザ・ベストテン」のランキングは、 ▼1位:哀しくてジェラシー ▼5位:涙のリクエスト ▼6位:ギザギザハートの子守唄 …
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「ルックスと時代との不一致」が向かい風になったのか
「沢田研二の音楽」という連載だが、今回は「沢田研二の髪形」という話を書く。 いつか紹介した近田春夫「定本 気分は歌謡曲」(文芸春秋)という本。1978年から84年までの彼の歌謡曲評論コラムをま…
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なぜ姉妹曲「2億4千万の瞳」と売り上げで3倍もの差がついてしまったのか
いよいよ1984年がやってきた。 チェッカーズと吉川晃司(沢田研二にとって渡辺プロダクションの後輩)が大暴れしたこの年の音楽シーンは、個人的には大好きで「1984年の歌謡曲」(イースト新書)…
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「胎動」と「混迷」が交錯するシンドイ2年間
本連載もいよいよ最終コーナーに向かう。 1984年の音楽活動として、シングルは2月に「どん底」、4月「渡り鳥はぐれ鳥」。9月に「AMAPOLA」。アルバムとしては6月に「NON POLICY…
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禁じ手から表現が解放された最高に壮大な実験
よーく聴き込むと、魅力的なメロディーはあるのだ。1曲選ぶとすると、4曲目「さすらって」。サビ「都も秋になりましたか」「都は春になりましたか」がしっかりと耳に残る。もしシングルカット枠があったとしたら…
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「和×洋×中」のような異種混合かけ算
2024年秋の文化勲章の報道は「あしたのジョー」で名高い漫画家・ちばてつやの受章をメインとしたものが多かったと記憶する。 しかし、彼と同時に受章した残り6人のラインアップを見て、コアな沢田研…
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「日本人の心」対「ハート」の噛み合わなさ
グループサウンズ(GS)時代の沢田研二と、この曲の作曲者である当時ブルー・コメッツの井上忠夫(のち「大輔」)との関係は磯前順一「ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた」(集英社新書)に詳しい。 …
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内田裕也版のまま歌ってみたら良かったのに…
先に褒めておくと、タイトルがいい。「きめてやる今夜」──かっこいいじゃないか。また売上枚数は「背中まで45分」「晴れのちBLUE BOY」を超えた。「起死回生」とまではいかないが、追い風が吹いた感じ…
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タモリが「歌う日露戦争」と評した圧巻の紅白歌合戦パフォーマンス
「WEEKLYオリコン」(オリジナルコンフィデンス)の1983年5月13日号に掲載された沢田研二のインタビューに、こういうくだりがある。 ──<──今度の衣裳のイメージは、どういう感じになるん…
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時代の最先端に立つキレッキレの才能が集まったが…
沢田研二が表紙になっている「WEEKLYオリコン」(オリジナルコンフィデンス)の1983年5月13日号に掲載されている沢田研二のインタビューから。 ──<──詞の銀色夏生さんというのは、どう…
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大村雅朗による、原始人の祭りのような編曲は前代未聞にして空前絶後
作曲は大沢(現=大澤)誉志幸。この連載で追ったように「82年沢田研二プロジェクトの新顔」だった。「新星」と言い換えてもよいだろう。 だが、前回書いたように、この曲の最大の貢献者は「83年の新…