五木寛之 流されゆく日々
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連載11356回 「常識的健康法」のすすめ <1>
現代人の望むものは何か。 いろんな人に質問してみたが、結局は3つのKにおさまる。「経済」「健康」「希望」の3項だ。「経済」というのは恰好つけた言い方で、要するに「金」の問題だろう。 このなか…
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連載11355回 様々な戦争について <5>
(昨日のつづき) 21世紀は<難民の時代>である、と繰り返し書いてきた。それはちゃんとした歴史観にもとづいた論ではない。 自分自身が難民の一人として難民キャンプに収容された経験からきた直感に過…
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連載111354回 様々な戦争について <4>
(昨日のつづき) 自由主義の根幹は市場原理である。市場原理の根幹は平等な競争である。しかし、現代の市場は平等ではない。そこには2つの大きな格差がある。資本の格差と、もう一つ決定的なのは情報の格差だ…
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連載11353回 様々な戦争について <3>
(昨日のつづき) 俗に隠岐騒動と呼ばれる内戦は、1868年におこった隠岐の独立戦争だった。 島民三千余人が武装蜂起し、短期間ではあっても、島民による自治政権が確立されたのだ。一種のコンミューン…
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連載11352回 様々な戦争について <2>
(昨日のつづき) アメリカをはじめ、欧米各国の国防予算がにわかに増大しつつある。当然だろう。ウクライナの現状を見て、どの先進国の国民も、それに反対することはあるまい。 1930年代のスペイン戦…
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連載11351回 様々な戦争について <1>
先ごろから新聞、テレビが、ウクライナの首都、キエフを<キーウ>と呼ぶようになってきた。 ロシア語読みを、ウクライナ語にあらためたのである。 チェルノブイリが<チョルノービリ>、オデッサが<オ…
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連載11350回 リモート講演の盲点 <5>
(昨日のつづき) 先日、ふと思い立って、ブッダの生涯をあらためてたどってみた。ブッダ、いわゆる釈迦、ガウタマ・ブッダと呼ばれた人である。 神も、神の子もいないところが、仏教の仏教たるゆえんだろ…
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連載11349回 リモート講演の盲点 <4>
(昨日のつづき) このところ困惑している問題がある。 それは講演の途中で、わけもなく涙が流れてくるときがあることだ。 べつに悲しい話をしているわけではない。感激して感情移入しているわけでも…
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連載11348回 リモート講演の盲点 <3>
(昨日のつづき) 先月から今月にかけて、3回ほど映像での講演をやって思ったのは、そういうことである。 要するに映像や音質について、主催者側がほとんど無関心なのだ。 <きこえていればいい> …
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連載11347回 リモート講演の盲点 <2>
(昨日のつづき) 人間の声というものは、それが自然に再生されれば、それだけで十分に魅力的なものなのだ。 それに、さらにエンジニアの才能が加わって加工されれば、どんな声でも魅力的に響く。 プ…
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連載11346回 リモート講演の盲点 <1>
ずっと思っていたことがある。 いつか言おうと考えながら、なぜか機会を逸してしまっていたのだ。 以前、ある大学で話をしたことがあった。新しい大学で、階段教室のような立派なホールだった。椅子も上…
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連載11345回 現代史の深淵を覗く <4>
(昨日のつづき) 7年前に出した『異端の人間学』の第2部は、<見えない世界の力>という章だ。 小見出しだけを列挙しておく。 ◇「ナ・ウクライーネ」と「ヴ・ウクライーネ」の違い ◇ウク…
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連載11344回 現代史の深淵を覗く <3>
(昨日のつづき) 深淵を覗く者は覗き返される。 ふとアンジェイ・ワイダの映画『灰とダイヤモンド』を思い出した。原作はポーランド作家のアンジェイエフスキ。 第2次大戦終了後、テロリストのマチ…
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連載11343回 現代史の深淵を覗く <2>
(昨日のつづき) 幻冬舎というのは不思議な出版社である。不思議というより、奇妙な、といったほうがいいかもしれない。 要するにヘンな会社、といっては失礼だが、いっぷう変ったところのある出版社なの…
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連載11342回 現代史の深淵を覗く <1>
一昨日、3度目のワクチン接種を受けた。コロナの感染防止はともかく、高齢者の重症化には効果があるというので出かけたのだ。 桜はほころび始めたようだが、いまはとても花見の気分ではない。 新聞はニ…
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連載11341回 新たなデラシネの時代 <5>
(昨日のつづき) 何度も同じことを繰り返して言うようだが、デラシネとは「根なし草」のことではない。 また単なる無国籍の放浪者でもない。現代のデラシネとは、はっきり言えば難民のことだ。 政治…
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連載11340回 新たなデラシネの時代 <4>
(昨日のつづき) 以前、もうどれくらい前の事か忘れてしまったが、『歌は国境を越えて』というテレビ・ドキュメント番組を作ったことがある。 江戸にむかう途中、遭難してロシアに渡り、長い年月をサンク…
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連載11339回 新たなデラシネの時代 <3>
(昨日のつづき) デラシネとは<故郷を持たない人びと>ではない。 <故郷を追われた人びと>である。 国策、戦争、災害、その他の情況のなかで、生地から引き離された人びとのことだ。 かつて平…
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連載11338回 新たなデラシネの時代 <2>
(昨日のつづき) <流亡の民>という言葉がある。 <流民>という言い方もある。 ともに、ただ流れ歩く民のことではない。さすらい人、といったロマンチックなイメージでもない。 飢饉・災害・戦禍…
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連載11337回 新たなデラシネの時代 <1>
<デラシネ>という言葉が、誤解されて用いられてからひさしい。 今なお「根なし草」とか、「流れ者」とかいった語感で用いられているようだ。 古い広辞苑を見ると、<故郷を喪失した人、根なし草>と、あ…