金鳳花のフール
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(112)堆積岩の顔は十二歳の亮
突き出した臀部が空にあった。二つの岩の塊──尻は見苦しく割れ、肛門──洞窟の入り口がむき出しになっている。肛門の大きさは複葉機の翼の出口としてたっぷりの直径を持っていた。綾瀬は見下されているのを感じ…
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(111)岩の巨塊は四つ這いの裸の男
爆音が聞こえた。飛行機のエンジン音だ。 赤松幸子はビラを配ってラジコン飛行機の競技会を売り込んでいた。鬼女は模型飛行機を見せるためにこの馬鹿げた荒野に綾瀬を誘き寄せたのか。 爆音はラ…
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(110)エミューを担いだ鬼女が舞う
「知ってる。さっきお前がぼくの目の前でやってみせただろ」 「さっきね、さっき。ほほほほほ。さっき。私はさっきお前と会ったんだ。よちよち歩きの胎児のお前と。さっき会ったんだ」 般若の形相が…
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(109)麦の左肩と胸が血に染まる
綾瀬はキャンピングカーを出て辺りを見回した。タキグチが生い茂った雑草の中にうずくまっている。 タキグチは麦を抱き起こしていた。麦の左肩と胸が血に染まっていた。Tシャツが破れ、裂けた皮膚と筋肉…
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(108)寝室に血の付いたペティナイフ
夜叉の踵が持ち上がり再び女の──エミューの腹を攻撃した。その凶器はエミューの腹部に何度も突き刺さった。哀れな声が渦巻く。水子が糸より細い声ですすり泣く。高く低く、死の牙に噛み砕かれた身体を震わせて。…
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(107)ジュンイチ、ママの所においで
「赤松は……」 タキグチはへたり込んだままだ。 「赤松幸子は水子の『天敵』です。あの女はある種の肉食生物が特定の獲物を狩るように妊婦を餌食にしてきた。妊婦から金を騙し取るのが赤松の真の狙…
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(106)水子の恨み晴らでおくものか
応接室の入り口で綾瀬の足が止まった。ソファの上でタキグチが身構えるような格好でいたからだ。彼の目は絨毯の上に釘付けになっていた。絨毯には泥の人形が出来ていた。泥沙の人体は一つではなかった。三体あった…
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(105)撒いた泥沙はやがて人形に
「粘土のオオハハは気難しい。彼女が支配するその場所に無断で侵入する者は容赦なく生き埋めにされる。最高位の呪術師が土霊を鎮める儀式を執り行ったあとでないとその土地からは砂粒ひとつ持ち出せないのです。この…
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(104)円盤を鍵穴に当てると施錠がカチャリ
遺体の確認には床下を掘るしかないだろう。綾瀬はタキグチの意向がよくわからなかった。 「タキグチさんは大丈夫ですか。しばらく休まれた方が。それにあの女は……」 綾瀬は言い淀んだ。赤松幸子…
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(103)赤松が義理の息子を殺害したと
「『赤松食品』は以前『ツカダ食品』という社名でした。赤松幸子はこの家に後妻として入ったのです。前社長で夫の塚田氏が亡くなったあと赤松は社名を自分の名前に変えました。普通、よほどのことがない限り企業名の…
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(102)エミューがスギムラの額にキス
赤松が一歩近づきバスの窓を見上げた。タキグチはびくりと窓から体を離した。情報収集車の窓ガラスは外からは中を覗けない。にもかかわらず巨体の調査官は後ずさったのだ。 スギムラは窓際に体を密着させ…
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(101)車内はいつの間にか氷温に一変
「目が合ったわ」 エミューの瞳が複雑な色を見せる。彼女は講演会の会場でチラシを手渡されたときのことを言っている。 「あの女確かに私を認識した」 綾瀬は赤松の目の前でマスクをとって…
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(100)エミューが赤松の前でマスクを取った
「ご来場の皆様、お知らせがあります」 赤松はチラシの束をかざしていた。 「私の亡き夫にはひとつだけ趣味がありました。模型飛行機です。ラジコン飛行機。ご存知でしょう。本物のエンジンを搭載し…
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(99)女が視線を移す瞬間、怪物が現れる
混乱が起きては赤松に逃げられる恐れがある。こちら側の警察がタキグチ一行を取り調べに来るかもしれない。そうなると厄介だ。 姿を見せないのが最上の策である。タキグチは店に入る赤松幸子を物陰から撮…
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(98)綾瀬は痩せた胎児を初めて見た
「赤松幸子は水子の郷の獄舎に繋がれることはないでしょう。赤松は病んだ殺人鬼です。このようなタイプの兇徒には送られるべき場所がある」 「死刑台?」 「水子の郷に死罪はありません」 「ど…
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(97)タキグチ、エミュー、麦が記事を見つめる
癌患者の一人として新聞のインタビューに応じたのは二十八年の歳月と社会的地位をつかんだことの安堵感からなのであろう。油断である。赤松幸子がこれまで無事に警察の目を潜り抜けてこられたのは、この女が巧妙に…
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(96)乗るはずだった車両が過ぎていく
──殺意を持った加害者に首を絞められ、いったんは仮死状態に、しかし、その後蘇生した。赤松さんのような例は非常にまれだと思います。 強盗に襲われたのが二十代のとき、癌にかかったのが五十代、人生…
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(95)助かったのは奇跡でしかありません
綾瀬はインタビュー記事の写真を見つめている。 和服姿の女が写っていた。顔立ちは悪くない女だ。いわゆる「泣き顔」だが、気弱そうなその目にはしたたかな気性が隠れているようにも見える。 若…
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(94)エミューはこの人なら信用できると
綾瀬はアトリエに立っている。椅子に座っているのはタキグチだ。 「女の名前は赤松幸子。『お産アドバイザー』をしていると自己紹介をしました。産婦人科の前でためらっている若い女性を見つけて相談にのっ…
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(93)綾瀬の周囲から風景が消えた
綾瀬の足が止まった。彼は今来た道を戻った。わずかな距離を早足で歩いただけなのに綾瀬の息は乱れていた。建物の陰に動くものはなかった。落ち葉もない。空気の渦の気配もない。綾瀬は路地の一点を見つめて動かな…