蔦屋重三郎外伝~戯家 本屋のべらぼう人生~
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(39)ははアん。情婦から貰ったんだな
妓楼の内風呂、面格子の間から入る早春の朝陽が裸体を浮かび上がらせた。湯のせいで雪白の裸体が桜色に染まっている。 花魁は首筋から肩、胸乳へと糠袋を滑らせていく。 「少し、痩せいした」 …
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(38)オレらは蕎麦でもたぐるか
蔦重は吉原細見の表紙をやさしく撫でた。 「私が見違えるような冊子に仕立ててやるよ」 鱗形屋みたいな本屋に開板(出版)されているこの小冊子が不憫でならない。 蔦重は花魁小紫と交わ…
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(37)細見が山積みじゃないか
茶屋「蔦屋」の玄関、上がり框の隅、棚の隣に小さな座布団を敷き、蔦重はちょこなんと座った。「耕書堂」の主にして店員兼小僧、そして貸本屋。時には茶屋の下足番にも変じる。 「細見、ひとつ貰おうか」 …
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(36)火災のたび吉原は新規開店
蔦重は棚に並ぶ草紙や細見にハタキをかけながら、十八、二十一、二十二歳と三回も見舞われた火難を振り返る。 「吉原ってところは転んでも絶対にタダでは起きない」 叔父をはじめ吉原の皆々のした…
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(35)空が濃淡さまざまな赤に染まる
蔦重はじ~~っと棚を睨む。 おもむろに吉原細見を右へ。ちょっと違う。ならば左へずらす。でも、そうすると洒落本が目立たなくなってしまう気がする。 「本を並べるって案外むつかしい」 …
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(34)吉原の子女は蔦重はんの味方
突き出した盃に酒を満たしたのは、お目当ての花魁ではなく、お付の禿だった。 「クソッ」、鱗形屋孫兵衛、ヤケになって酒を干す。 孫兵衛は銀波楼の小紫を前にじりじりしている。 江戸の…
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(33)貸本屋が何の用だい
ぐいぐい、トントン、ぎゅっぎゅっ──蔦重は肩を揉み、腰を叩いたついでに膝の裏を強く押した。 仕入れ先の本屋が集まる日本橋界隈と吉原は片道一里。重い荷を担ぎ廓の中をくまなく二里は歩く。貸本屋稼…
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(32)改まりましたァ吉原細見
大文字屋の遣手婆かげろうが広げたのは「吉原細見」、妓楼と茶屋の地図、お上臈の源氏名から格、揚げ代まで細かに記した案内書だ。 かげろうが口を尖らせる。 「ロクな出来じゃないよ」 「…
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(31)吉原の全員がお得意様
吉原大門の板葺きの屋根、そのずっと上でお天道様が銀白の光を放っている。 「よいしょ」、重三郎は身の丈ほどもある葛籠を背負う。盛夏の陽光が葛籠に描かれた蔦屋の紋章を照らした。 巳ノ刻(十…
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(30)紋様は富士山形に蔦の葉に
絵師の北尾重政は頑丈そうな顎を撫でる。青髭がジャリジャリと音をたてた。 「貸本屋風情なんて思ってたらとても務まらねえ」 何より戯作の目利きでなきゃならない。つまらぬ本を担いで回っても商…
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(29)小柴は何れ菖蒲か杜若
へえーっ。重三郎は声をあげた。それに驚いたかのようにコロリ、コロコロ、焼筆が転がる。 「重政親分が本屋の息子だなんて知りませんでした」 「別に吹聴するようなこっちゃねえよ」 縁は…
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(28)いいね、謎めいた笑顔
重三郎、花魁の本間に入ったはいいけれど、息が詰まるやら弾ませるやら忙しい。やっとのことで大息をついた。 「小紫さん、きれいだ」 ぽっ。小紫は頬を染める。 むっくり。焼筆と呼ばれ…
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(27)襦袢の裾からチラリと覗く雪の肌
花魁道中は吉原の華。黒漆に深紅の鼻緒、三つ歯の下駄をしゃなりしゃなり、外八文字で歩けば、打掛から間着そして襦袢の裾が割れ、チラリと覗く雪の肌。 銀波楼の京藤は、待ち構えていた主人と女将に手を…
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(26)京藤お上臈御一行のお越し~ッ
本屋の「ほ」の字は何から始めりゃいい? いや、それだと違う意味になってしまう。絵草紙屋の「いろは」、基本の「き」を知りたい、こいつを考えなきゃ。 重三郎は箸と茶碗を持ったまま、飯を噛むのも疎…
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(25)叔父の慈愛が口中に広がる
重三郎は吉原大門を潜った。 つい数刻前、大門を出て馬喰町へ向かった時は勇躍、心弾み胸を張っていたのだが。帰りは落胆、心萎えて背中を丸めている。 「結局は駿河屋で働くしかないんだろうな……
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(24)与八の声が急に温かいものに
重三郎は湯飲みを手にした。 茶はすっかり冷めてしまっている。だが、興奮のあまり声を振り絞った喉にはうまく感じられた。 大手書肆の若主人、西村屋与八は渋々、重三郎の習作に眼を通している…
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(23)私の戯作を読んでほしいんです
西村屋与八は湯飲みに残った茶を、またズズズッと下品な音をたて呑み干した。 「女郎に戯作の値打ちがわかろうはずもなかろうに、不思議と吉原で評判のいいのは売れましたな」 重三郎、女郎云々の…
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(22)与八がこの大きな本屋の若主人
本屋の前は人だかり、えらく繁盛している。 重三郎、訪ねた本屋が思ったよりずっと立派なのにも驚いた。気忙しそうに行き来する老若男女、その誰もが店の前で「おやっ」という顔になる。眉間の皺が消え、…
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(21)軒先に吊られた浮世絵が揺れる
〈第2章〉 吉原の本屋 重三郎は懐かしい絵を手にした。羽の生えた禍々しい化け物が飛び回っている。 「ダメだ、こりゃ」 重三郎は赤面した。耳の奥で義兄の大笑いが響く。 「…
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(20)これはこうもりの風流踊りか?
重三郎と利兵衛叔父は九郎助稲荷から京町二丁目を抜け仲の町通りに出た。 妓楼の店先には早々とあかりが灯り、お上臈を冷やかす遊客の姿もちらほら。 重三郎は叔父から、父が営んでいた引手茶屋…