五木寛之 流されゆく日々
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連載11835回 私の座右の三冊 <2>
(昨日のつづき) <座右の書>といえば、一般には生涯を通じての愛読書だろう。 私の場合は、それがコロコロ変るのだから厄介だ。 時代が変る。年齢が変る。心境が変る。 そのつど私の座右の書は…
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連載11834回 私の座右の三冊 <1>
先日、アンケートの依頼がきた。 「あなたの座右の3冊をあげてください」 という文面だ。 あわてて仕事机の上を眺めてみたが、座右どころか前後、左右に本が山積みになっている。 そもそも、「…
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連載11833回 風はまだ冷たいが <5>
(昨日のつづき) 能登の民謡の話が長くなってしまったが、今度の催しで、もう一つ、忘れられない話題があった。 それは第2部のパネルディスカッションで、西のぼるさんが、心から惜しまれていらした一つ…
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連載11832回 風はまだ冷たいが <4>
(昨日のつづき) 私はこれまで歌謡曲をテーマに、いくつかの物語りを書いてきた。 『艶歌』とか『旅の終りに』など、いろいろある。 そのために歌謡曲派と見られているが、本当は民謡派なのだ。自分が…
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連載11831回 風はまだ冷たいが <3>
(昨日のつづき) <能登島あさがえしの唄> という唄がある。加賀山昭師の採譜・編曲になるものだが、詞だけを紹介すると次のような唄だ。 〽イヤサーヤアー 文のとりやす油のナ 文のとりやり…
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連載11830回 風はまだ冷たいが <2>
(昨日のつづき) 金沢はいい街だが、これといった民謡がないのが、なんとなく物足りないところがあった。 なんといっても加賀百万石の看板をかかげた街である。 昔、よく言われたのは、 「空から…
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連載11829回 風はまだ冷たいが <1>
先日、ひさしぶりに金沢へいってきた。 <能登に寄する唄>というイベントを金沢市でやったのだ。 2003年にテレビ金沢で始めた『新金沢小景』という私が出演するささやかな番組が、今年の3月で100…
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連載11828回 わが闇雲対談前史 <4>
(昨日のつづき) 日刊ゲンダイの熱心な読者である若いサラリーマンから、こんな質問をうけた。 「イツキさんがいま書いている<流されゆく日々>のタイトルなんですがね。<闇雲対談>の<ヤミクモ>っての…
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連載11827回 わが闇雲対談前史 <3>
(前回のつづき) 前回、70年代には何冊もの対談本を出した、と書いたが、こうして数えあげてみると、それどころではない。 70年代には文藝春秋社から『五木寛之作品集』が出て、講談社から作品全集と…
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連載11826回 わが闇雲対談前史 <2>
(昨日のつづき) 思えば当時(1970年代)の対談の仕事は余裕があった。編集部にも金があって、情緒のある場所を選んで会場にした。対談の舞台も趣向の一つ、というわけだ。 羽仁五郎さんは対談のあと…
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連載11825回 わが闇雲対談前史 <1>
最近、いわゆる<対談本>をよく読むようになった。 じっくりと腰をすえて論を展開する本よりも、対談本のほうが活気があっておもしろいのだ。 よくできた対談本だと、芝居を観ているような雰囲気があっ…
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連載11824回 俺たちはどうボケるか <5>
(昨日のつづき) ここまで書けば、もう結論はおわかりだろう。 人はみな老いて、ボケる。どうせボケるなら気分のいいボケかたをしようではないか、というのが、私の<ボケかたのすすめ>だ。 しかし…
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連載11823回 俺たちはどうボケるか <4>
(昨日のつづき) 人は老いる。 同じように、個人差はあってもすべての人間はボケる。 そのことに抵抗するのではない。ボケることを正しく肯定した上で、ボケかたを考えるのだ。 正しいボケ、と…
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連載11822回 俺たちはどうボケるか <3>
(昨日のつづき) 世の中は、はっきりいって格差社会である。どれほど機会均等が進んでも、経済的条件が均等化しても、完全な平等はありえない。 生まれながらにして個人差はある。もし大谷選手と私が並ん…
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連載11821回 俺たちはどうボケるか <2>
(昨日のつづき) 人生の四季の後半にあたるのが、<林住期>と<遊行期>だ。 <林住期>といっても、べつに林の中に住むわけではない。鴨長明のように早くから世間をリタイアして、人里離れた林間に住むラ…
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連載11820回 俺たちはどうボケるか <1>
最近、ボケをめぐる論議が盛りあがっている。 新聞、雑誌、出版などの世界でも、このところボケという活字を見ない日はないくらいだ。ボケの問題は現代人にとっての最大の不安材料といっていいのかもしれない…
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連載11819回 現代の<3K>とは何か <5>
(昨日のつづき) その専門紙配達を請けおう会社は、池袋の先の東長崎にあった。 会社といっても、個人企業に毛がはえたような事務所である。そこの2階に6、7人の学生アルバイターたちが寝泊りしていた…
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連載11818回 現代の<3K>とは何か <4>
(昨日のつづき) 私が学生の頃、というのは1950年代の前期、昭和20年代の終りの時代だった。 地方から上京して大学に学ぼうとする若者たちにとって、東京へ出ることは一大冒険だったはずだ。 …
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連載11817回 現代の<3K>とは何か <3>
(昨日のつづき) ブッダがきわめた真理を学ぶため、多くの修行者たちがブッダのもとに参集した。その集団を<サンガ>という。 彼らは真実の法(ダルマ)を追求するために日夜修行し、ひたすら努力する。…
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連載11816回 現代の<3K>とは何か <2>
(昨日のつづき) いまから振り返ってみると、われながら良く完走したものだと感心しないわけにはいかない。 かつて映像と出版の二刀流で試みた『百寺巡礼』の旅のことである。 最初はワンクールぐら…