火野正平さんが別れても不倫相手に恨まれなかったワケ 口説かれた女優が筆者に語った“納得の言動”
14日、俳優の火野正平さん(享年75)が亡くなった。夏に腰椎を圧迫骨折して以降、体調が悪化。14年間、1200日以上に“旅人”として出演していたNHKBSの旅番組「にっぽん縦断 こころ旅」など、期待された仕事復帰が叶うことがなかった。昨今は自転車「チャリオ」で全国各地を回り、人とのふれあいが人気を集めた「こころ旅」での印象が強いが、古くは“昭和のプレーボーイ”として世間を賑わせた。
かつてさまざまな女性と浮名を流したダンスボーカルグループ「DA PUMP」のISSA(45)が“平成の火野正平”と言われたように、火野さんと言えばモテ男の代名詞だった。
1960年のフジテレビ系ドラマ「少年探偵団」で本名の二瓶康一として子役デビューした火野さんはその後、「木枯し紋次郎」(フジ系)や日本テレビ系のドラマ「飛び出せ!青春」「太陽にほえろ!」などに出演。1973年のNHK大河ドラマ「国盗り物語」から火野正平として本格始動した。
「火野正平になってから時代劇やサスペンスドラマなどで引っ張りだこに。テレビ朝日系『土曜ワイド劇場』などで活躍し、俳優として地位が不動のものに。一方で共演女優を口説きまくり、二枚目でもないのによくモテた。そのため、たびたび女性スキャンダルに発展しました」(番組制作会社幹部)