保阪正康 日本史縦横無尽
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何でも食す…餓死という戦死の始まりだったガダルカナル戦
昭和17年8月からのガダルカナル戦は、太平洋戦争が始まって初めての過酷な戦いになった。ソロモン諸島の南端にあり、面積は四国地方の3分の1程度。周辺には幾つもの島があり、とりたてて特徴のない島だった。…
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強引に赤玉(毒)を飲ませて病人を殺した「戦陣訓」の教え
軍隊の兵士教育とは、兵士をいかに日常の生活から切り離して戦時のモラルに切り替えるかにある。将校の中には「いかに早く頭をおかしくするかということだ」と証言した者もいる。「そのためには物を考える人間にな…
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「戦時のモラル」は平時に生きる上で苦しみや悩みに転じる
戦争体験世代が少数になるにつれ、戦争の真の怖さは拡散していく。一口に戦争体験といっても、戦場体験、引き揚げ体験、被災体験、飢餓体験など、その範囲はかなり広くなる。 個人の感情、立場などでも体…
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過酷な戦場を体験した老人達が死の直前に見せた驚きの行動
太平洋戦争が終わってから74年が過ぎた。今や昭和20年8月15日以後の生まれの人たちが国民の8割近くになっているのではないかと思う。戦争の記憶を持つ世代が少数派になっているがゆえに、戦争そのものの本…
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平成と令和 それぞれの天皇の「憲法観」の違いに注目を
新天皇の即位後朝見の儀の「おことば」には所信表明のような趣がある。ここに盛り込まれた内容が、いわば入り口のような役割を果たす。それだけにどのような方向の天皇を目指すのかが述べられているようにも思える…
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平成の天皇とは違うもの 新天皇がお言葉で示した4つの配慮
令和という時代が始まったが、どんな時代になるかは予測がつかない。私はこの時代は人類史の上で大きな価値観の変化が起きる時代になるように思う。むろんこれは推測だが、3つのキーワードを並べるならば、「天皇…
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お言葉から解釈…平成は「象徴」を具体化する旅だった
平成の天皇の退位時のお言葉は、さまざまな解釈ができるだろうが、私は即位時のお言葉を「入り口」に例えると、このお言葉は「出口」に当たると理解できた。 どういう意味か。 平成の天皇は即位…
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平成の天皇と国民との間に回路、あるいは絆ができあがった
令和の時代がこの5月1日から始まった。新しい天皇のもとで、どういう時代になるのか、平成とはどのような違いがあるのか。どうあれ元号は天皇の性格や行動によってある程度の肉づけがされていく。4月30日の憲…
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「兵站」無視で突き進んだ太平洋戦争 兵士の7割は餓死した
太平洋戦争で戦死した兵士のうち、7割は餓死だったという。戦わずして死亡したことになる。軍事指導者は戦線を一方的に拡大して兵士をあらゆる地域に送り込み、戦闘とその地の防衛を命じたが、「兵站」を考えてい…
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「神兵には食料よりも精神力が全て」という愚かな思想
戦争時に国民を鼓舞するため、さまざまな伝承や伝説が作り出されることは決して珍しいことではない。そうした伝説の多くは、その国を救った英雄の物語である。同時に伝説や継承とは別に、なぜ国が今次の戦争を始め…
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軍事思想や軍事哲学を持たない戦争指導者の空虚な言葉
軍官僚が決定した戦争が「哲理なき戦争」になるのは当然である。もともと日本の軍事教育は戦略、戦術主導の教育であり、軍事思想とか軍事哲学などは軽視してきた。陸軍大学校を卒業しているか、成績が上位にあるか…
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国民意識を無視し戦争開始を方向づけた大本営政府連絡会議
東條英機に代表されるように、太平洋戦争時の指導者は極めて空疎な言辞で国民を欺いた。その空虚さはどこに因があるのだろうか。理由は簡単である。日本の政策決定のプロセスで国民の意識が反映する舞台がまったく…
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「戦争は負けと思った時が負け」と国民に説いた東條首相
太平洋戦争は3年8カ月間も続いた。戦争とは国力と国力が軍事で衝突する局面である。ドイツ降伏後の最後の4カ月は、日本が単独で世界各国70カ国余と戦う状態になった。この構図を一言で言えば、まさに世界から…
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大本営の「あなたは英雄を逃した」に苦笑した近衛文麿
太平洋戦争の始まりは、日本社会に奇妙な歪みを生んだ。昭和16年12月8日からの日々では、ラジオ放送は「大本営発表」を勢いよく伝え、日本軍が東南アジアに進出していくさまを詳細に報じた。アナウンサーの高…
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自国第一主義…米、英、ソ連は日本の真珠湾攻撃を喜んだ
日本の陸海軍が真珠湾攻撃を始め、東南アジア各地に兵を進めることは、すでに開始されている第2次世界大戦にドイツ、イタリアと手を結ぶ形で加わることであった。アメリカ、イギリスなどの連合国と交戦状態になる…
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「ヒトラーと同格にするな」と怒った東条英機の短絡的考え
真珠湾攻撃の奇襲攻撃時に軍事指導者たちの反応がどのようなものだったかを見るのは重要だ。なぜなら指導者の実像を確かめる最も有効な手段だからである。近視眼的で、個々の状況に一喜一憂するのは「経綸」のない…
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司令長官・山本五十六を悩ませた だまし討ちと天皇の言葉
真珠湾攻撃を成功させた連合艦隊司令長官・山本五十六が、奇襲攻撃の成功に喜色を浮かべなかったのは何故なのか。そのことも改めて考える必要がある。 旗艦長門の作戦室で笑顔を浮かべることなく、物思い…
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主導権を握った“透視力”のない者がはしゃいだ真珠湾攻撃
太平洋戦争に至る道筋を丹念に見ていくと、軍事指導者の中で歴史的な透視力を持つ者と持たない者との差が歴然としてくる。昭和10年代の日本の不幸は、透視力のない者が主導権を握ってこの国を差配したことであっ…
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軍人が天皇を巧みに利用したせいで米国の思うつぼにはまる
戦争終結に関する腹案は冒頭で「方針」と掲げ2項を上げている。その中に「蒋政権の屈服を促進し独伊と提携して先つ英の屈服を図り米の継戦意思を喪失せしむるに勉む」との一節がある。具体的には日独伊で英を屈服…
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「勝利」以外の可能性を論じる軍人は指導部から追放された
太平洋戦争に入る前の軍事組織は戦争を望んでいたが、それは指導者たちが心の中で「勝利」以外を信じないという決心を固めることでもあった。彼らは勝利以外の可能性を論じる者は敗戦論者だとして指導層から追い払…