阪神ドラ4梅野隆太郎を“男手一つ”で育てた父親の奮闘
ドラフトで阪神から4位指名された10月24日の夜、梅野は福岡市内の自宅に帰ると、母・啓子さんの仏前で手を合わせた。
「プロ入りが決まりました」
父の義隆さん(48)は長男の姿を見て、「おまえ、大人になったな」と声をかけた。梅野は「当たり前やろ」と笑った。
「うれしかったですね。プロに入ることになって、そのケジメじゃないですが、お母さんにきちんと報告しましてね」(義隆さん)
義隆さんにとって、息子のプロ入りは亡くなった啓子さん(享年34)との夢だった。
梅野は小学4年の時、啓子さんをがんで亡くした。闘病生活の間、義隆さんはリトルの試合が終わると、ユニホームを着たまま、梅野と2歳下の弟・啓さん(20)を連れ、3人で見舞った。義隆さんは梅野が所属していた片縄ビクトリーでコーチをしていた。梅野は、その日のプレーのこと、活躍したことを母に報告するのが楽しみだった。
■病床での願い
ある日、義隆さんがいつものように啓子さんの病室に泊まった時のこと。