法律とニッポン人
「世にもふしぎな法律図鑑」中村真著
一般人にはわかりにくいことだらけの法律。ニッポンは特にヘンなことが多い?
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「世にもふしぎな法律図鑑」中村真著
近頃突然のように街中にあふれ出した電動キックボード。結構なスピードも出るのになぜかノーヘルOK。一体なぜだ? そう思う人は多いだろう。本書はそんな疑問にズバリ答えてくれる。
秘密は「サンドボックス制度」。現行の法の下では実施困難な新技術によるビジネスモデルを実現するために特区などを設けるしくみだ。今回の場合、国立大の構内などで実証実験をしたらしいのだが、一般にはあまりに唐突。これを著者は「ステルス改正」という。業者団体主導で自民党のしかるべき筋に働きかけたのは明らかだが、著者は「マイクロモビリティの社会的意義と重要性に心打たれた多くの議員の方が、純粋な使命感から法改正に向けた働きかけ」をしたのではないか、という。いやこの皮肉、気に入りました! さすが兵庫県の弁護士会副会長まで務めた著者だ。
本書はほかにも数々の素朴なギモンに答えてくれる。たとえば漫画喫茶は風営法の取り締まり対象にならないのか。実は漫喫では「鍵付きの個室」内で店内メニューの飲食が禁止。ただし店外で客が自分で買ってきたものの飲食はOKという裏技のようなルールでギリギリくぐり抜けているのだ。シロウト目には珍妙なことを法律面から読み解く面白本だ。 (日本経済新聞出版 1980円)
「現代日本人の法意識」瀬木比呂志著
「現代日本人の法意識」瀬木比呂志著
裁判官として30年以上の経験と1万件の民事訴訟裁判を手がけた著者。「法意識」とは「法に関する人々の知識、考え方や感じ方、また、それに対する態度や期待を包括的に表現するコトバ」だという。それだけ曖昧模糊としたものということで、これを判事の立場にあった人が正面から問題にするのは珍しいだろう。
また、文化の違いも出やすい。たとえば離婚。契約社会の西洋では一定期間の別居で離婚を認め、弱者保護のために離婚給付や社会的ケアを手厚くする方向が強い。しかし日本では離婚は当事者間の話に捉えられる結果、公的正義は及ばず、弱者保護の観点も弱いという。
犯罪はどうか。著者は裁判官としての経験から、犯罪者と普通人を隔てる壁は「きわめて薄い」と直言する。ほんのわずかな偶然や行き違いで犯罪は起こることを実感しているというわけだ。
かつては加害者が受動的に罰せられる「応報的司法」が主流だったが、欧米を中心にいまは被害・加害双方が社会の支援も受けながら回復と贖罪を重ねる「修復的司法」が主流になっているという。
なお福島第1原発に関する東京電力旧経営陣の無罪判決について、著者は控えめに見ても事故が想定外とはいえず、判決は「政治的判断」ではないかとして、この種の事案には「長期間の社会奉仕活動」が適しているのではないかとする。こうした直言も貴重なものだろう。 (講談社 1100円)
「私たち一人ひとりのための 国際人権法入門」申惠丰著
「私たち一人ひとりのための 国際人権法入門」申惠丰著
日本はジェンダー意識の点で世界の先進国に後れを取っていることで知られる。それは法律も同じ。2017年の法改正で強姦罪は「強制性交等罪」になり、23年には「不同意性交等罪」が国会で成立したが、後者はまだできたばかりで、裁判所がどう解釈・運用するかは未知数。これまでは強制性交等罪を成立させるにも「暴行又は脅迫」が要件だった。被害者が刑事告訴しようにも不同意というだけではダメで、「暴行又は脅迫」を立証しなければならないわけだ。
2019年、実の父親が娘をレイプして準強制性交等罪に問われた事件では、名古屋地裁が中2のときから繰り返し性交を強いてきたことを認定したにもかかわらず、娘が「抗拒不能であったとまでは言いがたい」として無罪とした。これに全国で抗議の声が上がり、翌年の名古屋高裁では懲役10年の逆転有罪判決が言い渡された。現状ではまだこんなにも困難なのだ。著者は国際人権を専門とする青学大教授だ。 (影書房 2090円)