「アンパンマンと日本人」柳瀬博一著
「アンパンマンと日本人」柳瀬博一著
朝ドラ「あんぱん」のスタートで注目されるのがアンパンマンと作者やなせたかしだ。
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「アンパンマンと日本人」柳瀬博一著
アンパンマンといえば乳幼児の間で人気ナンバーワンのアニメキャラクター。この年代に限ればドラえもんもかなわない。最初に絵本が出たのが1973年だから団塊ジュニア世代以下はみなアンパンマン世代だ。しかし最初の絵本のとき、やなせたかしは既に54歳。ヒットしたアニメ化は69歳。大ブレークで映画化まで果たしたときは80歳を越えていた。
それまで鳴かず飛ばずだったわけではない。三越のグラフィックデザイナーとして包装紙のデザインなども手掛けた後、1コマや4コマ漫画で独立し、テレビの放送作家やセット美術などの仕事でも長年活躍した。
しかし本人はこれを「便利屋」と卑下していたという。それでも単なる便利屋に絵本、脚本、舞台構成、衣装デザインまで単独でできるわけがない。本書は「マルチクリエーター」などという概念がまだなかった時代の「早すぎた天才」だと呼ぶ。
本職の画業では遅咲きだったやなせ。しかし日経グループの編集者からメディア論の大学教授に転身した著者は、幼稚園時代にやなせ最初の絵本「やさしいライオン」を初めて手にしたときの感動が忘れられないという。仕組まれたヒットとは一線を画すやなせワールド。本書はその手ごろな入門書だ。
(新潮社 968円)
「現代人を救うアンパンマンの哲学」物江潤著
「現代人を救うアンパンマンの哲学」物江潤著
朝ドラ「あんぱん」はやなせたかしの生涯だけでなく、彼の伴侶となった愛妻・暢の物語でもある。つまりドラマは彼ら夫婦のきずなを描くのが主軸なのだ。そこに注目し、アンパンマンを作者夫妻の生活哲学の反映と見るのが本書だ。「もともとアンパンマンは大人向けの作品としてつくられました。それも、やなせ先生の人生と哲学の詰まった作品として、この世に生を受けたのです」と序文でいうように、アンパンマンに大人向けの道徳哲学を見いだすのがテーマといってよいだろう。
たとえば「光を描くということは、それは影をしっかりと描くということです」というやなせの言葉は、善や正義があるのは悪があるからこそ、という両義性を示唆する。相手を徹底的に攻撃しない悪役としてばいきんまんが描かれたことで、正義の味方アンパンマンもおなかをすかせている誰かを助けるという面を発揮するようになるのだ。
それは言い換えれば人と人のきずなとなる公共の精神を描くということなのだ。77歳で2歳下の愛妻に先立たれたときも、憔悴したやなせを救ったのはアンパンマンだったという。
著者は東北電力から松下政経塾を経て塾経営者という異色の経歴を持つ文筆家だ。
(朝日新聞出版 990円)
「新装版 わたしが正義について語るなら」やなせたかし著
「新装版 わたしが正義について語るなら」やなせたかし著
90歳のときに語り下ろしたアンパンマン流の正義論がこのほど新装版となって再登場した。「アンパンマンを書くようになって、ぼくがはっきりと伝えたいと思ったのは本当の正義でした。自分では最初、そのことに気づいていなかったけれど、若い頃に兵隊に行って戦争を体験したことが大きく影響しています。戦争に行って、正義について考えるようになりました」と序文でいうように、アンパンマンの背景には戦争経験者ならではの善悪の観念がある。
「二十一歳で戦争に行った当時は『天に代わりて不義を討つ』と歌う軍歌がありました。『この戦争は聖戦だ』と勇ましく歌う歌です。ぼくも兵隊になった時は、日本は中国を助けなくてはいけない、正義のために戦うのだと思って戦争に行ったのです」
しかし敗戦で一夜にして正義はひっくり返る。
「正義はある日突然逆転する。逆転しない正義は献身と愛です。それは言葉としては難しいかもしれないけれど、例えばもしも目の前で餓えている人がいれば一切れのパンを差し出すこと、それは戦争から戻った後、ぼくの基本的な考えの中心になりました」
子どもにも伝わる大人のための哲学だ。 (ポプラ社 979円)