「熟柿」佐藤正午著

公開日: 更新日:

「熟柿」佐藤正午著

 亡くなった晴子伯母さんは柿が大好きで、熟した柿の実をよくすすっていたらしい。そんな話を葬儀の日に聞いたあと、身重のかおりは泥酔した夫を助手席に乗せ、千葉の自宅へと車を走らせた。道は暗く、台風の雨風で前が見えにくい。そして携帯電話を持ち替えようとした瞬間、ヘッドライトにたくさんの柿の実を抱えた老婆が浮かび、瞬間、闇に消えた。

 ひき逃げ事故を起こして服役したかおりは、獄中で男児を出産。出所後、夫に促され離婚、「犯罪者の母親を持つ子の不幸より、母のいない子の不幸」を選んだ。

 どんなふうに育ったのだろう。大きくなっただろうか。その思いは日々募り、息子の顔を見たさにかおりは2度も警察沙汰を起こしてしまう。小学校の入学式に忍び込んだとき、かおりは、息子に新しい母親がいることを知る。

 いつか息子に会える日を心の支えに、追われるように土地を転々としながら生きる女性の17年の人生をつづった長編小説。

 過去を背負ったかおりには一時の心の平安もなく、その目に映る世界はモヤがかかったようにぼんやりとしている。そんな中でも彼女を見守る人々の存在があり、その人間関係の温かさに読み手も救われる。まるで熟した柿をゆっくりと味わうようなラストが秀逸。

(KADOKAWA 2035円)

【連載】木曜日は夜ふかし本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    遠山景織子の結婚で思い出される“息子の父”山本淳一の存在 アイドルに未練タラタラも、哀しすぎる現在地

  2. 2

    桜井ユキ「しあわせは食べて寝て待て」《麦巻さん》《鈴さん》に次ぐ愛されキャラは44歳朝ドラ女優の《青葉さん》

  3. 3

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  4. 4

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  5. 5

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  1. 6

    西内まりや→引退、永野芽郁→映画公開…「ニコラ」出身女優2人についた“不条理な格差”

  2. 7

    永野芽郁“二股不倫”疑惑でCM動画削除が加速…聞こえてきたスポンサー関係者の冷静すぎる「本音」

  3. 8

    佐々木朗希が患う「インピンジメント症候群」とは? 専門家は手術の可能性にまで言及

  4. 9

    綾瀬はるかは棚ぼた? 永野芽郁“失脚”でCM美女たちのポスト女王争奪戦が勃発

  5. 10

    江藤拓“年貢大臣”の永田町の評判はパワハラ気質の「困った人」…農水官僚に「このバカヤロー」と八つ当たり