「熟柿」佐藤正午著
「熟柿」佐藤正午著
亡くなった晴子伯母さんは柿が大好きで、熟した柿の実をよくすすっていたらしい。そんな話を葬儀の日に聞いたあと、身重のかおりは泥酔した夫を助手席に乗せ、千葉の自宅へと車を走らせた。道は暗く、台風の雨風で前が見えにくい。そして携帯電話を持ち替えようとした瞬間、ヘッドライトにたくさんの柿の実を抱えた老婆が浮かび、瞬間、闇に消えた。
ひき逃げ事故を起こして服役したかおりは、獄中で男児を出産。出所後、夫に促され離婚、「犯罪者の母親を持つ子の不幸より、母のいない子の不幸」を選んだ。
どんなふうに育ったのだろう。大きくなっただろうか。その思いは日々募り、息子の顔を見たさにかおりは2度も警察沙汰を起こしてしまう。小学校の入学式に忍び込んだとき、かおりは、息子に新しい母親がいることを知る。
いつか息子に会える日を心の支えに、追われるように土地を転々としながら生きる女性の17年の人生をつづった長編小説。
過去を背負ったかおりには一時の心の平安もなく、その目に映る世界はモヤがかかったようにぼんやりとしている。そんな中でも彼女を見守る人々の存在があり、その人間関係の温かさに読み手も救われる。まるで熟した柿をゆっくりと味わうようなラストが秀逸。
(KADOKAWA 2035円)