山本五十六の死体は口と鼻に蛆が沸いているに過ぎなかった
![山本五十六・連合艦隊司令長官が決意を記した文書「述志」。上が1939年、下が1941年に書かれたもの(大分市の大分県立先哲史料館)/(C)共同通信社](https://admin.nikkan-gendai.com/img/article/000/273/307/f17d5251bbd7d441dc80561fe1a5181220200518121132395_262_262.jpg)
この報告書はもともとは南東方面艦隊司令部が第一発見者から聞き取り調査を行い、それを文書化して海軍省に送ったようであった。発見したのは陸軍の第6師団のある連隊の砲兵中隊の隊員たちである。その時の責任者は砲兵少尉であった。仮にHとしておこう。このHらの証言が、南東方面艦隊司令部の報…
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