上田正樹さんの人生を変えた一曲「Abraham, Martin&John」との出合い
「悲しい色やね」のヒットで知られ、ソウルシンガーとして今も活躍中の上田正樹さん(72)。音楽活動の原点は高校時代だったが、リズム・アンド・ブルーズにハマったのがきっかけで出合ったのが「Abraham,Martin&John」。暗殺された歴史上の偉人を歌った名曲で、今もライブで歌い続けている。
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僕の人生を変えた一曲というと、なんといっても「Abraham,Martin&John」という曲です。これはソングライターのディック・ホラーの作品でディオンというミュージシャンが最初にリリースし、マービン・ゲイやレイ・チャールズらによって広く歌い続けられている曲です。僕もライブで時々この曲を歌っています。
なんでこの曲かというと、僕は高校2年生の17歳の時に、当時人気だったイギリスのロックバンド「アニマルズ」の名古屋公演に行って、「Boom Boom」という曲を聴いて体がしびれました。それ以来、毎日高校にも行かず下宿でギターの練習をしていました。そこは岐阜県中から生徒が集まっていた進学校だったから、僕は問題児となって兵庫県の祖父のいるところの高校に強制転校させられました。
ミュージシャンとして生きていこうと決めたという意味では、アニマルズの「Boom Boom」も大きな影響を受けたのですが、それからリズム・アンド・ブルーズやブルーズにハマっていった。そしてブルーズをもっと歌えるようにと頑張っていた時に「Abraham,Martin&John」に出合いました。
曲のタイトルのAbrahamとはエーブラハム・リンカーン、Martinはマーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師、そしてJohnはジョン・F・ケネディのこと。僕は個人的にはJohnにはジョン・レノンも入れていいと思っています。
暴力や戦争は怒りや嘆き、恨みしか残らない
彼らに共通するのはみんな暗殺されていることです。曲の中で「彼らはどこに行ったんだろう」という歌詞が繰り返されます。当時のメッセージ色の非常に強い曲ですね。
リンカーンは黒人の奴隷制度廃止宣言をしたことで暗殺され、キング牧師は黒人の公民権運動を主導したことで暗殺された。ケネディもしかりです。キング牧師はマハトマ・ガンジーから「非暴力の勇気」の教えを受け、公民権運動を主導しました。暴力をなくすには「非暴力」しかないということです。
僕はこのことに非常に感銘を受けました。暴力や戦争は勝ったとしても負けたとしても、怒りや嘆き、恨みしか残らない。20世紀にあれだけ戦争して学んだはずなのに、いまだに戦争を続けています。そしてマハトマ・ガンジーはインド独立の父といわれますが、彼も暗殺されてしまいました。
僕はもっとも尊敬するシンガーのレイ・チャールズが歌う「Abraham,Martin&John」を聴いた時、そのエンディングに近づいたところで彼の声がむせび泣くような歌声になったのを知って、その当事者にしか知りえない悲しみや苦しみがあることを感じました。それは今でも“音楽を届けることでさまざまな感情を共有する”という永遠のテーマになり、それを持って歌っています。その思いは世界に向けていつも発信しています。
空から地上を見ると国境なんてどこにもないんです。人間が勝手に引いた線にしか過ぎない。アメリカの黒人は、15世紀から約1000万のアフリカの人々が奴隷として連れてこられた子孫です。そしてその黒人たちがブルーズを作った。僕はアフリカまで行ってブルーズだけではなく、さまざまな音楽のリズムから音楽そのもののルーツはアフリカだと実感しました。
キング牧師が公民権運動を主導していた時、デモ行進で「We shall overcome」という曲をみんなが歌っていました。僕もライブの最後にはこの曲を歌っています。新曲もいいけれど、歌い継がねばならない曲もあると思っています。
今年は僕にとってはミュージシャンとして50周年なので、記念の全国ライブツアーを続けています。偉大なるガンジーに敬意を表して今の僕なりの「Abraham,Martin&John」のカバー曲(タイトル「You are so beautiful」)を今月発売します。みなさん、聴いてください。
(聞き手=出町柳次)
♫上田正樹 R&B BAND公演
5月18&19日神戸・チキンジョージ、20日大阪・ロイヤルホース、22日京都・磔磔、24日和歌山・OLD TIME