画面いっぱいにあふれる新旧のベトナムの女性風俗
「サイゴン・クチュール」
1990年代半ば、国交正常化後のベトナムを初めて旅して、20年後に再訪したとき、あまりの違いに言葉を失った。
かつては60年代の戦火の跡がまだうかがわれた国が、成長著しい東南アジアの都会に変貌し、旧サイゴンはむろん、ハノイも見違えたからだ。
映画もしかり。国際映画祭を経由して日本にやってくるのは「青いパパイヤの香り」のような文芸映画だとばかり思っていたら、さにあらず。その証明が、来週末封切り予定の「サイゴン・クチュール」である。
舞台は1969年のサイゴン。老舗の女仕立て師の娘ニュイは、典型的なバカ娘タイプの跡取りお嬢さま。家業を嫌って遊び歩くうちに母親と衝突したあげく、ひょんなことからタイムスリップして現代に来てしまう。そこで目にしたのは没落した実家と老醜をさらす自分自身。あわてたニュイが奔走するうち、彼女は伝統衣装のアオザイの価値と美しさにめざめてゆく……。
え? ネタバレだろう? いやこの映画、実はストーリーはどうでもいい。といっては何だけれど、画面いっぱいにあふれる新旧さまざまなベトナムの女性風俗を目で楽しむ「おしゃれ図鑑」みたいな映画なのだ。
とはいえ驚くのはヒロインが69年から50年後の現代までやってくる話であること。要するにベトナム戦争の最悪期をすっ飛ばし、歴史なんかなかったかのように奔放なベトナムの今が描かれているのだ。
だが、それもあくまで社会の一面。荒神衣美「多層化するベトナム社会」(アジア経済研究所 3600円)はドイモイ後の30年間の社会変動がベトナムをどう変えたかを丹念に観察・分析したベトナム社会階層論。著者はベトナムの農村経済の専門家だけに、表面的な都会の変貌にばかり目を奪われがちな我々の視野に新しい認識をもたらしてくれる。
<生井英考>