脱力系のテンポが秀逸なパレスチナのコメディー
いまや中国にドイツにと世界中のテレビ局が王朝物や陰謀物の大型ドラマで人気を競っているが、パレスチナも似た状況とは知らなかった。先週末封切られた「テルアビブ・オン・ファイア」はそんな意外性から始まる傑作なコメディーである。
パレスチナで喜劇? といぶかしがるのは実は偏見。どんな国だって人は笑いを求める。映画の始まりはパレスチナの女スパイがイスラエルの将軍に近寄る陰謀物語――と思ったら実は大人気テレビドラマの収録風景。
この番組に雑用で雇われたニートのパレスチナ人青年が、ひょんなことから国境検問所のイスラエル軍将校に見込まれる。
実はこの番組、イスラエル側の女たちにも大人気の女スパイ版メロドラマ。将校は青年に脚本を変えろと圧力をかけ、青年は脚本家なりたさに圧力に従っていく……。
あらすじを書き出すとえらく不自然な話なのに、画面を見ると脱力系のテンポと細かなユーモアが実に秀逸で、ラストシーンぎりぎりまで絶妙の手腕で見る者を離さない。見終えるなり、一本とられたと額をたたくこと請け合いなのである。
こういうユーモアに対しては伝統のユダヤ・ジョークだろうか。「ユダヤ・ジョーク 人生の塩味」(ミルトス)などもあるが、ここは「イスラエルの星新一」ともいわれるエトガル・ケレット「突然ノックの音が」(新潮社 1900円)を推したい。楽しいばかりとは限らない悲喜劇や不条理の物語で、執筆はヘブライ語だそうだが、世界中に訳されている。
実は今月末には、イスラエルの傑作映画「戦場でワルツを」のアニメ部分の作画を担当した漫画家(アサフ・ハヌカ)との共著「ピッツェリア・カミカゼ」(河出書房新社 2900円)が翻訳出版される予定だという。中身は未見だが、書名からして期待をかき立てる一冊だ。
<生井英考>