田村正和さんのダンディズム「つねにご自身を冷静に分析」
「インタビューでも私生活についてはほとんど語ることがなかった。3歳年上の和枝夫人との間に娘さんがいて孫もいるそうですが、バラエティー番組に出演することもないのでプライベートは謎に包まれていました。それもこれも余計な先入観を与えたくないという役者としての美学だったのかもしれません」(ベテランの女性誌編集者)
芸能リポーターの城下尊之氏は言う。
「つねにご自身を冷静に分析され、どういう立ち居振る舞いが求められているのか、どうやったら楽しませることができるのか考えていた方だったと思います。それで、他にはない個性的なキャラクターを造形された。晩年はご自身で役者としての引退時期を見定めていたのでしょう、とても潔い身の引き際と評判でした。田村さんならではのダンディズムがありました」
父阪妻や兄の田村高広は京都市右京区にある二尊院の墓所で眠っているが、田村自身の墓は横浜市郊外にあり、「田村家先祖各霊菩提」と書かれた墓石には「昭和六十三年吉月吉祥日建之 田村正和」と刻まれているという。
京都の墓には長男しか入れないため、45歳にして墓を用意していた田村。昭和平成を生きたスターが令和の御代に泉下の人となった。