畠山理仁にしか採取できない言葉と景色が、この国にはまだまだたくさん残っている
活況を呈する政治ドキュメンタリー映画。シーンを牽引するひとりが大島新監督であることは、9月の本連載で述べた通り。彼の代表作『なぜ君は総理大臣になれないのか』や『国葬の日』のプロデュースを手がけ、ときに撮影も行ってきたのが、大島さんが設立した映像制作会社ネツゲンに所属する前田亜紀さんだ。
高い前評判に惹かれ、彼女の2本目の監督作品となる『NO 選挙,NO LIFE(以下、NSNL)』を試写で観た。いやぁ、これは面白かった。大当たり! まばたきするのさえ惜しい、109分ノンストップのエンターテインメントではないか。
ある専門ジャンルから芽吹いた作品が爆発的な面白さを獲得した時、それはジャンル名が外れる瞬間でもある。宇多田ヒカルを語るにあたって、今わざわざ「R&Bシンガーの」から始める人はいない。せいぜい「歌手」で十分。『NSNL』もまた「新作映画」で事足りる。この面白さには高い越境力があるのだから。
ちなみに今回のプロデューサーは大島さん。同じチームのピッチャーとキャッチャーが対戦相手に応じて役割を交替するような軽やかさとしなやかさがまぶしい。前田、大島、そして編集の宮島亜紀の3人は、今作でまた政治ドキュメンタリーの定義を破壊し、更新することに成功したようだ。
『NSNL』は選挙の面白さを伝えて25年のフリーランスライター畠山理仁の日々を追った作品。開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺~報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い~』(集英社)で知られる畠山さんは、テレビや新聞がやらない「候補者全員取材」を頑なに貫く。それは彼だけのピュアなドグマであり、同額の供託金を支払って出馬した候補者を予め「有力」「泡沫」と色分けするのはいかがなものかという、大手メディアへの異議申し立てでもある。
敬虔なまでに自らのドグマに忠実な畠山さんは、昨夏の参院選でも、東京選挙区の候補34名の「最後のひとり」蓮舫にひと目会うべく、東京から車を2時間半運転して遊説先の長野まで追いかけた。そこまでして取ったコメント、わずか20秒。いや、蓮舫はなにも悪くないのだ。ただ畠山さんがイっちゃってるだけ。それが証拠に、彼は「20秒の釣果」に愉悦の笑みを隠そうともしない!
この取材スタイルのコスパやタイパの悪さは『黙殺』を読んでわかった気になっていたが、映像はより雄弁だ。大赤字の苦悩、肉体系バイトで糊口を凌ぐ現実、だがそれを容認して応援する妻、息子たちの涼やかな姿までを前田監督のカメラは漏らすことなく捉える。
目前に迫った50歳での引退を口にする畠山さんを心配しながら観ていたはずなのに、途中から「こんなに幸せな人生があるなんて!」と嫉妬している自分に気づいて驚いた。おもしろきも、おろかなるも人間。ああ、そのすべての営みがいとおしい。