「荒野の古本屋」森岡督行氏
趣味と実益を兼ねる仕事ができると喜んだのも束の間、現実は甘くなかった。入社早々、店番ひとつできない自分に気づかされたのだ。
「かなりの読書量を自負していたけれど、お客さんのレベルが違う。尋ねられる書名が聞いたこともないものばかりで対応できないんです。それでも、上司に励まされながら必死で覚えました。お客さんが先生だったあの頃の体験があるからこそ、何とか今、古本屋店主をやっていけている気がします」
2006年、偶然に通りかかった茅場町で、昭和初期の現代建築を見つけた著者。ビルの3階にあった古道具屋が店を閉めることを知り、衝動的に“ここで古本屋をやる”と即決してしまったという。自転車操業すらままならない苦しい経営が続いたが、それでも今年で開業8年を迎えた。
「膨大な品ぞろえが可能なスペースもないし、超貴重な古書を買い付ける資力もありません。しかし、その中間に位置して、私がこれだと思えるこだわりの本を、把握できる数だけ取り扱う。古書との時間がゆったりと流れる空間づくりを守り続けていることが、功を奏しているのかもしれません」