「木原千春作品集 Vitalism」木原千春著
「木原千春作品集 Vitalism」木原千春著
ひとたび、ページを開き、その作品を目にしたならば、ほとばしり出るその圧倒的なエネルギーに言葉を失い、ページを繰る手がとまらなくなるに違いない。そして、見終わるころには、その放出されたエネルギーが自らに乗り移ったかのように、充足感に体が満たされていることに気づくだろう。
注目のアーティストによる初の作品集である。
冒頭に登場するのは、著者の大切なモチーフである猫の絵だ。
「朱猫(Divine cat)」(2024年)と題されたその作品は、赤を基調とした太い曲線が幾重にも重なりながら猫の形を作り出し、長いひげや尻尾は放電しているかのようにのたくり、爪はどこまでも鋭く、そして耳は不動明王をほうふつとさせるように火炎となって天に向かってねじりあがる。
透明感のある顔料を用いて描かれた圧力のある目が、こちらの心根を見透かすように見つめてくる。
太い曲線の中には、さまざまな色が入り交じり、その部分を見つめていると、さまざまな目がこちらをうかがっているかのようにも感じられてくる。
次のページも、さらにその次のページも次から次へと猫が現れるが、時にその線は、骨格をかたどっているようにも、何かの字をかたどっているようにも見えてくる。
その意図を探ろうとしているうちに、そののたくる曲線の中に放り込まれ、迷宮の中に入り込んだような気分になってくる。
またある作品では、内臓までバラバラに解体されたモチーフが再び作者の解釈によって再構築され、新たな命を得たようにも見える。
絵は独学だという著者は、最初は絵筆だけで描いていたのだが、筆を持つ手と画面までの距離にずっと違和感があり、あるとき、手で描いてみたら「すごく感覚が近くなった」という。
そこから発展し、指や拳や足も用いるが、体も描きたいものを描くための道具の一部にすぎず、今では絵筆はもちろん、書道の筆やスポンジ、綿棒や割りばしまで、自在に使い分けているそうだ。
描かれるのは猫にとどまらず、雄牛やバンビ、金魚、カラスなどのさまざまな動物から、植物や縄文土器のような静物、ペガサスや竜などの架空の生き物、さらに芥川龍之介や太宰治などの作家から藤田嗣治やサルバドル・ダリなどの画家、そして写楽の有名な役者絵まで。
さまざまなモチーフが、著者の体を通して一度解体され、新たな命を吹き込まれ、提示される。
作者の描くことの根幹にあるものは「生き物の姿や力を借りて、万物の初動、コアな部分を表現し、エネルギーの源を作りたい」という思いだという。
2016年以降、連日発表し、現在その数1万2000点にも及ぶという「5分間ドローイング」シリーズの一部を含む、1990年以降の初期作品から最新作まで、その画風の変遷と現時点の最高峰が一望できるファン待望の一冊だ。
(芸術新聞社 3300円)