エリート街道捨てた立川志の春に聞く「古典落語」の効能

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落語が教えてくれた「弱さを見せてもいい生き方」

 私自身、日本で就職した後も米国流を引きずっていました。「お酌」や「接待ゴルフ」などを、非合理的でバカらしい古い慣習だと決めつけていた。妙にアメリカナイズされた、いけ好かない若者でした。

 そんな肩肘張った生き方を一変できたのも落語を知ったおかげです。たまたま見に行った志の輔師匠の落語に心をわしづかみにされて、弟子入り志願。絶対的な師弟関係を過ごすうちに、生意気な若造の凝り固まった人生観を捨て去ることができました。今は楽ですよ。弱さを見せてもいい生き方って。失敗しても「いつかネタになるぞ」と思えると、致命的なダメージを受けない。むしろ失敗はオイシイわけですから。

 古典落語の魅力は人生のステージごとに楽しみ方が変わること。同じ親子の話を聞いても、恋人のいない20代の頃と孫ができた60代の頃では感じ方は異なるはず。自分の置かれた状況によって、その都度、解釈が違ってくるのが醍醐味です。

 この演目は○○師匠のあの時のが「決定版」なんて決めつけちゃいけません。私が選んだ3席もあくまで参考程度に。何事も「正解」を求め過ぎないのが大事です。

 大師匠の十八番の演目に「芝浜」があります。相手の将来を思いやったウソをネタにした話です。「ウソは絶対に悪い」って決めてかかる狭い了見じゃあ、落語の世界観は成り立ちません。昨今、欧米で吹き荒れる排外主義と対極にあるのが、古典落語という「ユートピア」なのです。

 日本社会もどんどん弱さを見せにくくなっているようですが、そんな世知辛いご時世だからこそ、より多くの人に落語の効用を知ってほしいですね。

▽たてかわ・しのはる 1976年大阪府生まれ、千葉県柏市育ち。渋谷幕張高を経て、米エール大卒後、三井物産に就職。入社3年目のある日、立川志の輔の落語を聞き、衝撃を受ける。半年間の逡巡の末に退職し、師匠に弟子入りを直談判。志の輔門下の入門を許される。2011年、二つ目昇進。留学経験を生かした英語落語の公演も好評を博す。

【聞けば肩の力が抜ける厳選3席】

■「千早振る」柳家小さん(5代目)

 短歌の解釈を聞きに来た金さんに、隠居が知ったかぶりする話。たぶん2人とも解釈はどうでもよくなって、会話を続けたいだけなんですよ。酒の席で「あの女優、誰だっけ?」「顔は浮かぶけど、名前が出ない」とか言い合う時間を楽しむ感覚です。

 ところが、今やネット検索で何でも分かってしまう。スマホでススッと「常盤貴子さんだね」と答えを出せば会話は終わる無粋な時代より、知らないことを物知りの隠居に聞きに行く方が豊かな気がします。小さん師匠は私のスーパースター。誰も真似できない“おかしみ”が詰まっています。

■「だくだく」立川志の輔

 家財一式を売り払った後、壁に豪華な家具を描いて「ある“つもり”」で暮らす貧しい男。その家に押し入った泥棒が、家具は絵だと気付いても「盗んだ“つもり”」になる。2人がじゃれ合う雰囲気が何とも楽しい。実は「そこにないものをあるように見せる」という落語の本質を表す深い話でもある。

 私の師匠が高座で演じる古典落語でも、マイベスト3に入るくらい大好き。師匠の話を聞くと、映像が本当に浮かんでくるんです。登場人物たちの目に映るバカげた光景を、聞き手に見せる話術は本当にすごい。

■「あくび指南」柳家小三治

 物珍しくて面白そうだからって理由だけで、何の得にもならない「あくび」を習いに行くという実にバカバカしい話。何をするにも「モテるの?」「金儲けできるの?」と損得勘定がつきまとう時代には、妙な潔さを感じます。

 あくび指南の先生を演じる小三治師匠は実に説得力があって、めちゃくちゃ面白い。師匠自身、その道の達人を志せば、どんなにくだらないことでも極めないと気が治まらない。そんな“おたく気質”だと思います。この人、普段からバカなことをもっともらしく教えてそうだな、という雰囲気が爆笑を誘う。稀有な落語家です。

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