80年代よ、もう一度!「シティーポップ」大全~チャッピー加藤選、年末年始に聴きたい10曲

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名盤がアナログレコードで続々と再リリース

 新しく聴く音楽を買わなくなる年齢を調査したところ、男は平均24歳との結果が英国で出た。子どもができたり、新譜についていけなくなったりで、多くの場合、10代から20代前半までに聴いた曲を一生聴き続けているのである。

 音楽の好みは14歳のときに聴いた曲によって形成される、との研究結果もあるらしい。

「そんな我々世代への朗報が続いています」とは、歌謡曲のドーナツ盤5000枚をコレクションする構成作家チャッピー加藤氏(54)。中高年世代には懐かしい80年代サウンドのシティーポップが今またブームなのである。しかも、レコードで再リリースされている。

「たとえば竹内まりやの1984年リリースのアルバム『VARIETY』収録曲で、シングルカットされた『プラスティック・ラブ』。国内でいくどもカバーされているほか、海外での爆発的な人気も受け、廃盤から36年経って2021年秋に再リリースされたんです。アナログのLPレコード盤はすばらしく音が良く(まりやの夫でもある)山下達郎も大喜びしているそうですよ」

 同曲がシティーポップの名曲としても知られるのは、中高年世代なら今更の話。またナイアガラ・トライアングルのアルバム「NIAGARA TRIANGLE vol.2」も22年春、リリース40周年を記念して、アナログレコードで蘇るという。

「何をもってしてシティーポップなのか、実は定義が曖昧だったりします。よく言われるのは、1970年代後期から1980年代に流行した、都会のイメージを前面に打ち出したポップスのこと。『AOR(大人向けのロック)の日本版』という言い方もされますけど、洗練された、聴きごたえのある音楽をやっていたアーティストは当時少なからずいて、だからこそ、今またムーブメントとなっているのかも知れません」

 若い世代にも80年代に憧れるブームがあって、新しく、おしゃれ、というのだから、子ども世代の前でも堂々と聴けるし、語れるに違いない。

プレーヤーはインテリアとしても楽しい

「スマホでデジタル音源の音楽を聴くのが主流の今、なぜアナログレコードなのかと言われるかも知れません。まず、なんといっても、味わいのある音ですね。スピーカーなどオーディオ機器によっては重厚感、臨場感があり、歌であれば歌手の息づかいまで感じられ、肉声に近い形で聴くことができます。デジタルとは音の質感が違う。CDやサブスクにはない、たとえばジャケットだけでもリアルな手触りがあり、当時のファッションだったり髪形だったり文化だったり……あの時代が真空パックされているんです。それを見ているだけでいつでもタイムスリップし、大好きな世界に浸ることができる。ぜいたくな、至福の時間ですよ」

 場所も金もかかるぜいたくな趣味にも見えるが、オークションでは100枚2000円とか、中古盤が大量出品されていたり、プレーヤーも1万円以内のものも出ていて、USB端子付きでPCに音が取り込める機種もある。インテリアとしても楽しいのだ。

 今回はチャッピー加藤氏にシティーポップの名曲、今聴くべきオススメを選曲、魅力を語ってもらった。まばゆいシティーライト、あの海岸線、そよ風を頬に感じた時代にヒア・ウィー・ゴー!

男性アーティスト5選

■A面で恋をして
 ナイアガラ・トライアングル(1981年)

 ナイアガラレーベル主宰・大滝詠一の呼びかけによる3人編成のユニットで、70年代結成の「vol.1」には伊藤銀次・山下達郎、80年代の「vol.2」には佐野元春・杉真理が参加しました。本格ブレーク前の佐野と杉にいち早く目を付け、世にその才能を知らしめた大滝の慧眼はさすが。シングル盤には、通常は無音の中央の溝にマシンガンの音が入っています。レコードならではの遊びですね。

■スローなブギにしてくれ(I want you)
 南佳孝(1981年)

 南佳孝はジャズ、R&B、ラテン音楽とバックグラウンドが幅広く、洒落たポップナンバーが多数あります。この曲は、同タイトルの角川映画のテーマソングで、特に人気の高い一曲。DJでレコードをかけると、冒頭の「♪ウォンチュ?」のところで必ず歓声が上がります。ジャケットの女性は映画の主演女優で、若き日の浅野温子。これが初主演作でした。作詞は松本隆が担当。

■SHADOW CITY
 寺尾聰(1980年)

 1981年の「寺尾聰ブーム」は凄まじいものがありました。「ルビーの指環」が大ヒット。前年に出した本曲と「出航 SASURAI」も売れて、3曲同時ベスト10入りなんて快挙も。楽曲のクオリティーが高かったからで、この曲も始まって1分近くずっとスキャットという斬新な構成です。恋人との最後の別れを歌った歌詞がまたダンディーで、人生の「陰」の部分を描いた傑作シティーポップですね。

■アンジェリーナ
 佐野元春(1980年)

「シャンデリアの街で眠れずに トランジスターラジオでブガルー」と歌う佐野元春の登場は、日本の音楽シーンにとって“革命”でもありました。英語のように1つの音にたくさんの言葉を詰め込む手法や、それを可能にする歌唱法、洗練された楽曲、何もかもが新しかった。疾走感あふれるこのデビュー曲から40年以上。今も走り続ける元春は「今夜も愛をさがして」いるのです。

■GET BACK IN LOVE
 山下達郎(1988年)

 夏のリゾートCMソングを毎年手掛け「夏男」と呼ばれた山下達郎ですが、80年代後半になると、聴かせるバラードに舵を切っていきます。驚いたのはこのジャケット。当時35歳のオッサンが顔出しで勝負! 「俺は歌と曲で勝負するんだ、てやんでぃ!」という心意気が通じ、オリコン6位のヒットになりました。ジャケがどうであれ、江戸っ子の達郎が歌えば、それはシティーポップなのです。

女性アーティスト5選

■ドゥー・ユー・リメンバー・ミー
 YUKI(岡崎友紀)(1980年)

 70年代、ドラマ「おくさまは18歳」や「私は忘れない」などのヒット曲で国民的アイドルとして人気を集めた岡崎友紀。80年代に入って心機一転、加藤和彦・安井かずみ夫妻のプロデュースで「YUKI」としてこの曲をリリースしました。当時もヒットしたんですが、後年、さまざまなアーティストがカバーしたので、若い世代にも知られています。加藤・安井夫妻のセンスの良さを改めて実感。

■パープルタウン
 八神純子(1980年)

 私は名古屋出身ですが、この人は郷土が誇る大天才! 地元企業の社長令嬢で、小さい頃から外国のレコードを聴いて育ったので、洋楽と遜色ないハイセンスな名曲を量産しました。この曲は洋楽曲との類似が指摘されて訴訟になり、共作曲の扱いで決着しましたが、本曲のほうが完成度は上です。「紫に煙る」街は歌詞にも出てくるニューヨークですが、実は名古屋が舞台のシティーポップかも?

■フライディ・チャイナタウン
 泰葉(1981年)

 海老名家で、先代・林家三平師匠の才気を最も濃く受け継いだのは泰葉だと思います。デビュー曲でいきなりこのクオリティーは天才の一言。外国人(ジンガイ)がたむろする横浜での一夜を、キーボードを弾きながら力強く歌う泰葉はシティーポップの歌姫でした。ちなみに歌詞カードでは、フライディの下に「FLY-DAY」とあり、金曜日じゃなく「翔ぶ日」。ブッ飛んだ彼女らしいセンス。

■マージービートで唄わせて
 竹内まりや(1984年)

「マージービート」とは日本で言う「リバプール・サウンド」のことで、英米ではこう呼びます。ビートルズへのオマージュ曲で、竹内まりやも4人から大きな影響を受けました。「あなたがくれたのは ただの夢じゃなくて 世界中を巻き込むほどの とびきりのセンセーション」と歌った彼女が、今は海外でシティーポップブームを巻き起こしている。音楽ってすてきですよね。

■メトロポリスの片隅で
 松任谷由実(1985年)

 バブル到来前に発表されたこの曲は、都会の片隅で、恋に仕事にたくましく生きる女性が主人公。冒頭、失恋の歌かと思いきや、サビは「私は夢見るシングルガール」。男に頼らず自立して生きていこう、と働く女性たちへエールを送る曲です。「つらいとき、ユーミンの曲に励まされた」という女性の声をよく聞きますが、彼女の曲はただのシティーポップじゃない“応援歌”でもあるのです。

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