「警告」と縁深し 津田沼パルコの閉店と最初で最後となったラジオの公開生放送のこと
最初のトークが終わって新曲が流れている間に、痺れを切らしたファンの男が「サングラスとって~」と叫んだ。ほかのファンたちの下卑た笑いがそれに続く。調子に乗った男が、今度はサングラスを外すことをせがむように両手を叩くと、ほかの客たちも手拍子を重ねはじめ、会場は異様な興奮につつまれた。女性タレントはファンを一瞥もせず、豊かな胸の上で両腕を組んだ。すぐ隣に座るぼくには、グラデーションがかったレンズの奥が見えた。柳眉を逆立てた彼女は般若の形相だった。けっきょく一秒もサングラスを外さないまま、「歌手」は20分程度の出演を終えると番組スタッフへの挨拶も端折ってパルコを後にした。
春がやってきて改編期になると、その番組は打ち切られた。以来、現在にいたるまで、ぼくはさまざまなラジオ局で冠番組を持たせていただいたが、公開生放送をやったことは一度もない。
彼女はそのあとスポーツ選手と結婚、芸能界を引退した。10年ほど経ったころだろうか、日本の芸能人が愛用することで知られるハワイのホテルのプールサイドで、家族とくつろぐ彼女を見かけた。やわらかい笑顔は優美ささえ感じさせた。