いい絵だから額装するのではない。額装してはじまる家族の物語がある
この夏はあるアルバムレコーディングに多くの日数を割いている。家族で過ごす時間はなかなか確保できず、せっかくの夏休みなのに、子どもたちには物足りぬ思いをさせているようだ。
久しぶりのオフの先週末、ふと思い立ち、家族を車に乗せて上野へと向かった。ゴールデンウィークから開催中のマティス展が、8月20日に最終日を迎えるのだ。ぼくは10代の頃からマティスが好き。わが子に自分の趣味を押し付ける父親はいつの時代も見苦しいものだけれど、若き日にマティスを体感するのは悪くない経験だよね? 心のなかで何度も自問自答しながら首都高を走った。
モダンアートの黎明期に大きな役割を果たしたアンリ・マティス(1869~1954)は、20世紀を代表するフランスの巨匠であり、フォーヴィスム(野獣派)のリーダー。今回は東京都美術館が「大回顧展」と言いきるだけあって、パリのポンピドゥー・センターから150点が集まった。絵画だけではなく、彫刻、絵本、切り紙絵まで網羅したこともファンを狂喜させている。
美術の鑑賞は、年齢を重ねるごとに、人間観察と乖離しがたいものになる。55歳のぼくが、作者の制作時の年齢を確認せずに作品と対峙することはまずない。だからこそ、作品とまっすぐに向き合える若いころの美術鑑賞は貴重なんじゃないか。マティスが好んで描いた窓や金魚を凝視するわが子たちは、モチーフの意味にまでは考えがおよんでいないはずだ。放心したように、色、造形、線をただ見つめている。その一途さに、彼らに残された人生の長さを思った。