“トリプルブッキングの野田”がとった狂気のヘリ空輸大作戦
イベントもドラマ収録もどちらも間に合った。損得勘定抜き、野田義治狂気の空輸作戦は成功した。それ以来、ヘリを飛ばしてでも仕事をやり遂げる男、として野田の名前が知れ渡った。
堀江しのぶ人気が沸騰した1987年は、アイドルのプロモーションビデオがはやりだしたときでもあった。
熊本大学を中退し、日航キャンペーンガールからモデル、女優に転身した斉藤慶子のプロモーションビデオが目に留まった。
「採光の個室」
監督は野村誠一。
DELUXEマガジンで堀江しのぶを撮ってくれた売れっ子カメラマンが監督をしていた。
作品はヌードこそなかったものの、斉藤慶子がより大人の女に脱皮する艶めいた冒険作だった。
「うちの(堀江)しのぶもこんなビデオを出してやりたい」
意を決した野田は、斉藤慶子のビデオを発売した「パワースポーツ」というビデオメーカーを訪れた。四谷の高級マンションの一室がその事務所だった。しばらくすると、パワースポーツのプロデューサーという男が登場した。顔も声もデカい男だ。