高橋和夫氏が見据えるガザ戦闘の今後「『ハマス殲滅』は不可能 だからイスラエルは攻撃をやめられない」
停戦には新たな自治政府が不可欠
──しかし幹部を殺害したからといって、ハマスそのものはなくなりません。
ハマスとは、組織であると同時に運動であり、イデオロギーでもある。共産主義や社会主義と同様です。仮に、共産党員を全員捕まえたとしましょう。だからといって、共産主義そのものが消失するわけではありません。「ハマスの殲滅」と言うのは簡単ですが、実際は不可能です。
──ハマスも戦争を続けたくないのでは?
「うたれっぱなし」の状況ですから、もうやめたいと考えているはずです。ハマスは持ちこたえさえすれば「勝ち」と言える。ゲリラと正規軍の交戦では、正規軍は勝たなければ「負け」ですが、ゲリラは負けなければ「勝ち」です。ハマスに生き残られるのが嫌だから、イスラエルは戦争をやめられないのでしょう。
──イスラエルの後ろ盾の米国は、ヨルダン川西岸を治めるパレスチナ自治政府が新体制を敷いてガザも統治すべきとしています。
停戦を実現するには、その手段しかないと思っています。汚職が蔓延し、腐敗したパレスチナ自治政府が住民にも信頼されていないのは確かです。しかし、自治政府という正式な行政組織ができれば、イスラエルとの交渉のテーブルにつくことができる。究極的には、パレスチナ国家を樹立し、「2国家共存」に向かえる可能性も広がります。
──停戦実現には国際世論の後押しも重要です。米国をはじめとする各国政府の対応をどう見ていますか。
国際世論の大半は停戦を求めています。それでも、イスラエルが戦い続けられるのは、米国が支えているからです。最近、バイデン大統領は慎重姿勢を示しつつありますが、イスラエルに武器弾薬を送っているのが実態です。ロシアによるウクライナ侵攻を非難しながら、イスラエルの侵攻は後押ししている。「二重基準」が明確ですから、さすがにフランスなど欧州諸国も「ついていけない」という態度になっています。米国とイスラエルが国際社会で孤立している状況です。
──日本政府についてはどうでしょうか。
米国に気を使っているためか、強いメッセージを打ち出せていません。世論調査などの数字はありませんが、日本国民の多くも停戦支持ではないでしょうか。民主主義国家の外交というのは、当然ながら主権者の意向を反映すべき。国民が停戦を求めているのなら、政府は「即時停戦」を訴えなければならないでしょう。米国だって、いつ態度を変えるか分からない。唐突に米国が「即時停戦」を言い出し、日本だけが言及していないという事態もあり得る。いま、踏み込んだメッセージが必要です。
■オイルショックの角栄外交を見習え
──岸田政権は腰が引けていますね。
原油輸入の大半を中東諸国に頼っていることも要因のひとつです。オイルショックに見舞われた1973年当時は輸入全体の8割が中東産でしたが、足元では9割を超えています。中東諸国に「人権問題を解決すべき」などと正面から訴え、「もう日本には原油を売らない」と突っぱねられたら、何も言い返せません。この50年間、エネルギー政策を担当してきた経済産業省は一体何をやっていたのか。中東依存の低減は、喫緊の課題です。
──著書「なるほど そうだったのか!! パレスチナとイスラエル」で評価されていますが、オイルショックにあたった田中角栄政権の外交を、岸田政権は見習うべきではないでしょうか。田中首相はキッシンジャー国務長官と会談。「日本はしばらく事態を静観してほしい」と求められ、「アラブ諸国からの石油が止まった場合、米国は石油を日本に融通してくれるのか」と切り返した。キッシンジャーの答えが「ノー」だったため、日本は独自の判断で親アラブ姿勢を鮮明にしました。
日本・パレスチナ友好議連の招待で81年にPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長が初来日し、東京にPLOの代表事務所が開設されました。当時、米国がアラファトをテロリストとみなしていたにもかかわらず、招いたのです。今、日本政府がガザ住民に手を差しのべるとしたら、ハマスに接触する以外に手はありません。テロ組織だから交渉しないと言っていたら、何も実現できない。
例えば、ガザ住民を支援しているノルウェーはハマスとコンタクトをとっています。米国は水面下でCIAが交渉している。諜報機関を持つ米国は建前と本音を使い分けているわけですが、そうでない日本は「接触しない」と言ったら本当に一切の接点を持たない。これはちょっと馬鹿げた話だと思います。田中政権当時のような、独自外交を追求すべきでしょう。
(聞き手=小幡元太/日刊ゲンダイ)
▽高橋和夫(たかはし・かずお) 1951年、福岡県生まれ。大阪外国語大ペルシア語科卒、米コロンビア大学大学院修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て、2008年に放送大教授就任。「なぜガザは戦場になるのか」など著書多数。