中信達彦氏が予想する2024年の物価と値上げ 「労働者は強くベアゼロ時代には戻らない」
中信達彦(エコノミスト)
「所得増と成長の好循環による新たな経済へ移行する大きなチャンスをつかみ取る本丸は、物価上昇を上回る賃上げの実現だ」──。年頭会見で岸田首相はこう強調した。2023年春闘は、30年ぶりの賃上げ率が実現したものの、実質賃金は20カ月連続マイナス。過去最長の21カ月超えは濃厚だ。いつになったら実質賃金はプラスに転じるのか。若手エコノミストにたっぷり聞いた。
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──23年の春闘をどう評価しますか。
大企業、中小企業とも例年対比で見れば高い賃上げ率で決着しました。ただ、大企業と中小企業の格差は大きく出たという印象です。
──連合の春闘賃上げ率は3.58%。300人未満の組合員の中小企業に限っても、3.23%ですが、厚労省の毎月勤労統計の11月の名目賃金(速報値)は前年同月比でわずか0.2%増。連合の数字と大きな開きがある。大幅な賃上げは行きわたっていないのではないか。
連合の賃上げ率はベースアップ分のほかに毎年上がる定期昇給分が含まれていますが、毎勤統計の名目賃金は定期昇給分ではなく、ベースアップ分から影響を受けます。ベースアップ分は2%程度ですので、毎勤統計で見た賃上げ率はやや低めに見える特徴があります。また、連合の集計は組合がある企業に限られます。毎勤統計は組合の有無にかかわらず、5人以上の事業所を対象にしており、実態に近いはず。企業規模による差という側面では、円安のメリットを受けて収益を回復させた大企業はともかく、価格転嫁が進まず、十分な賃上げができなかった中小企業は少なくなかったとみられます。価格転嫁と賃上げは大いに関係しているのです。
■人件費転嫁の正念場
──23年は毎月、値上げラッシュに見舞われました。それでも価格転嫁は十分ではないのですか。
22年と同じく、23年のインフレもコストプッシュ型でした。GDP(国内総生産)を見ても個人消費は弱いです。強い需要に引っ張られて価格転嫁が進むのではなく、エネルギーや原材料などのコスト上昇に背中を押されての対応ですから、企業側にも躊躇がある。積極的に値上げして、収益を確保する環境ではなかったと言えます。特に人件費の転嫁は、中小企業を中心に不十分だった調査が出ています。
──人件費が不十分なら、賃上げの原資を確保できませんね。
そうです。それでも、中小企業が比較的に高い賃上げをしたのは、人手不足が深刻だからです。大企業が次々に大幅な賃上げを表明する中、人材が流出してしまうという危機感があったとみています。一般的に中小企業の人手不足は大企業より深刻。原資が十分でなくても、何とかひねり出して、賃上げに踏み切った中小企業もたくさんあったと思います。