【追悼】鮎川誠さん「愚直なロックンローラー」の素顔…自分に嘘つかず、好きなものに一途
同インタビューでも「今日ロックに興味を持った、いきなりロックを聴いた、そういう若い人たちにも、何とか伝えたいっちゅうか、届いて欲しい」と語っていた。
■「それが好きなんだからしょうがない」
1970~80年代、福岡でのロックムーブメント「めんたいロック」のパイオニア。78年に夫婦で上京し「シーナ&ロケッツ」を結成、「ユー・メイ・ドリーム」は日本航空のCMでも流れ、大ブレークとなった。
「鮎川さんは、自分に嘘をつかなかった人だったと思います。好きなものは好きと公言し、結果的に影響を受けたアーティストの曲と似たものができたとしても、『それが好きなんだからしょうがない』と隠そうとしなかった。もちろん、そのギターもシーナさんのボーカルも唯一無二で、後輩ミュージシャンらに大きな影響を与えましたし、あたたかい人柄で幅広い交友関係へとつなげていった」(加藤氏)
先日亡くなった高橋幸宏さんとも親交があり、80年のYMO初の国内ツアーにゲスト・ギタリストとして参加したり、アルバムでギターを担当したことも。細野晴臣に気に入られて、そのプロデュースでできたのが「ユー・メイ・ドリーム」であった。