絶対に見て損なし!「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング」鑑賞のツボ

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「いかにアナログ的人知を尽くすか」

 タイトルの「デッドレコニング」だが、本作では「推測航法」という意味で使われている。最後に確認した位置を基準にして、移動速度と経過時間を頼りに現在の位置を措定(推定)しながら航行する古来の航海術のことだ。

 現代の自動車でもトンネルや高層ビルのはざまでGPS信号を見失った場合、ナビを続けるためにジャイロセンサーや加速度計などで位置を補正する慣性航法装置が内蔵されている。この慣性航法をデッドレコニングという場合もあるが、本作ではそれよりも原始的な、「デジタルネットワーク情報が使えない状況において、いかにアナログ的人知を尽くして自律的に対処するか」という意味合いも含めて使われており、イーサン・ハントが秘密工作組織IMFのエージェントになる前の歴史も暗示しながら作品の物語に奥行きを与えている。

■非公然執行部隊を持たない政府はない

 IMF(Impossible Mission Force)といえば荒唐無稽なスパイ組織のように思えるが、同種の秘密工作部隊は現実に存在している。例えばサウジアラビア出身の反体制ジャーナリストが在トルコ総領事館内で惨殺された事件(2018年)では「迅速介入部隊(RIF)」(通称タイガースクワッド)が実行犯だと認定された。現在TBS系日曜劇場で放送中のドラマVIVANT」に登場する「別班」(陸上自衛隊陸上幕僚監部運用支援・情報部別班)はたびたび国会で取り上げられているが、日本政府は一貫して存在を否定。アメリカにはCIAやNSA(国家安全保障局)などの諜報機関を統括する閣僚級の国家情報長官がいるが、本作の国家情報長官がIMFの存在を知らされていなかった設定は妙に生々しい。非公然執行部隊を持たない政府はないといっても過言ではあるまい。

 物語は北極海を潜航する最新鋭の潜水艦から始まる。搭載された超絶性能のAI(人工知能)が突如として暴走を始め、人類の危機が迫る中、AIを支配できる「鍵」を巡ってさまざまな勢力が動き出す。AIの暴走は「ターミネーター」や「マトリックス」をはじめ数々のSF映画のモチーフになってきたが、ChatGPTなどの生成AIが本格普及を始めた今だからこそのリアルさ、遠い未来ではなく、すぐに起こりそうな現実感を醸し出している。IMFに立ちはだかる悪役ガブリエル(イーサイ・モラレス)も渋いが、その手下を演じた韓国系フランス人ポム・クレメンティエフ(37)の演技も光る。イーサン・ハントを側面支援するベンジー(サイモン・ペッグ)が乗る車はBMWが誇る最新の電動自動車「iX」。ハンドル左部のボタンを押して自動運転モードを起動させる描写が細かい。

 米国では現在、動画配信サービスに関わる報酬引き上げやAIの使用制限を巡って労使が対立。脚本家組合と映画俳優組合がストライキを決行中で、映画の製作・宣伝活動がストップしている。続編「デッドレコニング PART TWO」は2024年6月に全米公開予定だが、先行きは不透明。だからこそ「PART ONE」は今のうちに大画面の劇場で見ておきたい。

(北島純=映画評論家・社会構想大学院大学教授)

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