ソ連はポツダム会談に忙殺され日本政府をあしらい続けた

ソ連を通じての和平交渉は、奇妙な挨拶で始まった。広田弘毅は、ソ連がドイツを降伏させたことに敬意を表するところから始めた。その上でソ連とともに近い距離で居たいと申し出た。これに対して駐日ソ連大使のマリクは即答を避け、本国政府に伝えたいと応じた。しかし日本はソ連に対して常に敵対的で…
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