「復讐は快いもの」本土爆撃、ライフ誌が紹介したパイロットたちの証言

アメリカ軍の日本本土爆撃は、昭和19(1944)年6月ごろから主に中国の成都から爆撃隊を編成し、八幡製鉄所などを狙って始まった。こうした攻撃は「空の要塞」と言われたB29の開発に成功し、アメリカの戦意がさらに向上した結果でもあった。
B29の戦場への投入と軌を一にするよ…
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