袴田事件で巌さんの冤罪死刑に加担した最高裁裁判官4人 直撃取材でわかった「罪の意識の希薄さ」

1966年6月、静岡県清水市(当時)で味噌製造会社専務の一家4人が殺害された強盗殺人放火事件では、同社の従業員だった袴田巌さん(88)が警察の拷問により無実の罪を自白させられ、裁判で死刑が確定した。袴田さんは今年9月、再審で無罪判決を受けるまでに58年も濡れ衣を着せられた。
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