若隆景への指導の中身、昨今の大相撲への提言…気鋭の力士を育てた親方が語り尽くした
今は柱となる強い力士がいない
──若隆景関は5月にインタビューをした時、「先代からは下から攻める相撲を教わった」と話していました。
「あの相撲は入門前からですね。重心が低く、背もそこまで高くないから(180センチ)、下から上におっつけると効果があるぞ、と。彼は体幹がしっかりしているし、足腰も強い。東洋大時代は50メートルを6秒くらいで走っていたほどですから」
──他にどのような指導をしましたか。
「叩かれたり、引かれたりしたら『ごっつぁんです! と前に出ていけ』と。押し相撲の力士は苦しくなると、引き技を使いがちです。でも、引いた分だけ体が伸びる。特に重心がカカトにかかったら、どんなに体が大きな力士でも、踏ん張りが利きません。だから、引いたら一気にもっていけるぞ、と教えました」
■相撲を取る稽古はもっと増やすべき
──ところで、優勝力士の予想が難しいといわれる最近の大相撲については、どう思いますか?
「今は柱となる強い力士がいない。昔は横綱が13番、大関が11番くらい勝って、大体その中で優勝力士が決まっていた。でも、今の大関はすぐにカド番でしょう。これでは次に誰が大関になってもおかしくありません。三役から幕内上位の力士も力が拮抗している。だからなのか、関脇と小結の顔ぶれも安定しない。昔は大体、関脇といえば誰、小結は誰、と決まっていたもんですけどね。ただ、逆に言えば抜け出すチャンスでもある。若隆景には『今が一番のチャンスだぞ。これから3年くらいが一番、力が出るんだ』と言っています」
──稽古量も昔に比べて減っているといわれています。
「土俵の中の稽古が少なくなっている印象です。土俵から出てダンベルを振ったり、体幹を鍛えるトレーニングは増えています。ただ、相撲を取る稽古が減っている。ケガが多いのも、そうしたことと無関係ではない。ぶつかり稽古で何度も『ほら、転べ!』と投げられることが、負けた時の受け身の稽古になる。体を丸めてうまく転べばケガをしないのに……というケースはよくありますね」
──他競技でも「現代っ子は納得しないと練習しない」といわれていますが、相撲もそうですか?
「そうかもしれないですね。それとやっぱり、きつい稽古をしなくなった。ぶつかり稽古なんて一番きついですから。私がまだ親方だった時代、他の部屋の力士が出稽古に来ると『荒汐部屋は稽古が長いから嫌だ』という声も聞いた。私としては普通にやってたんですけどね(笑)」
──先代は現役時代、どんな稽古を?
「それはもう、今とは比べられませんよ。私は時津風部屋の64番目の弟子。入門当初は午前3時半には稽古場にいて、三番稽古をしていました。弟子の数が多かったので、幕下の力士が起き出したら稽古なんてできません。それでいて、後から起きてきた力士に『おまえ、今日まだ稽古してないだろ』と、ぶつかり稽古の相手をさせられる(笑)。それが当たり前の時代だったけど、今の時代に沿わないのはわかっていますから。ただ、先ほども言ったように相撲を取る稽古はもっと増やすべきです」
(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)