楽天ドラ1荘司康誠を「パワプロ」でその気にさせた 航空サービス会社社長の父親の願い
卒業すると新潟県に戻り、新潟交通に就職した。長い目で見たときに、生活をするのなら地元が良いという判断だった。
1997年に結婚し、翌年に長男(荘司の兄)、2000年に荘司が生まれた。「航空部」に所属して新潟空港内のフロント業務に携わっていた当時は、平日休みという就業スタイル。息子たちが小学校に上がるまでは、冬になると毎週のようにゲレンデに繰り出し、家族4人でスキーを楽しんだ。それでも、息子たちにさせたいスポーツは野球だったそうだ。
「強制させるわけにはいかないから、ゲームを使って、洗脳、ではありませんけどね(笑)。『パワフルプロ野球』というゲームは、選手の能力を自由にカスタマイズしたり、名前を付けたりもできるんです。すごく直球が速い投手や、とんでもない打者を作り、息子と同じ『こうせい』と名付けて一緒にプレーしました。そうして、『うわぁ、康誠すごい球を投げるね!』『康誠が打った!』とおだてるような感じで(笑)。その甲斐あって、野球に興味を持つようになってくれました」(聡さん)
■中学時代は控えの外野手