世界で旋風「厚底シューズ」のメリットや弊害、疑問…スポーツバイオメカニクスの専門家に聞いた
疲労骨折の箇所が脛骨から大腿骨へ
──ナイキのVF4%はかかとも厚いがすごく軽い。確か170グラム前後。
かつてトップアスリートのシューズは、薄底かつ軽量が常識でした。100グラム軽くすると、酸素摂取量が1%軽減され、タイムも同じくらい速くなるといわれました。でも、レース後半に脚が痛くなることが多々あった。VF4%は軽い上にミッドソールが40ミリもあるのでそれを回避できます。私がこのシューズに着目したときは、すでにたくさんの記録が出ていたときです。高速水着の「レーザー・レーサー」(LR)と同じ印象を受けました。
──LRは縫い目がなく、水の抵抗が軽減された競泳水着です。08年の北京五輪で23個もの世界記録が生まれた。その後使用禁止になりましたね。厚底も使用禁止になるとの話がありましたが、世界陸連は20年にミッドソールの厚さなどに規制(ロード競技はソールの厚さ40ミリ以下、内蔵プレートは1枚など)をかけただけでした。
20年のルールはナイキの厚底に合わせたものでしょう。一度規制しているので、今後も使用禁止になることはないと思います。ただし、非常に反発力が高いプレートの新素材などが出てくれば議論になるでしょう。
──LRのときもそのような話が出ていましたが、マラソンは厚底の登場前と後の記録を同一視するべきではないという声があります。
LRで生まれた世界記録は当分破られないだろうといわれていましたが、今は過去のものです。それはトレーニング環境や技術研究の進歩などによるものでしょう。厚底が使用禁止になっても同じではないでしょうか。
──水泳やマラソンは最も用具と無縁の競技です。マラソンでローマ、東京と五輪を連覇したアベベ(ビキラ=エチオピア)のように裸足で走れとは言いませんが、今は厚底のメリットが大き過ぎると思いませんか。
私もそう感じています。しかも厚底は2万円後半から3万円台後半と高価です。今年の箱根駅伝の選手に人気のあったVFネクスト%はもう製造していないため、ネットで探すと7万円もしたそうです。高価でも使用できる期間が短い。従来の薄底は1000キロ履いたらクッションが利かなくなるといわれていましたが、VFの効果は300キロまでとか、460キロで反発性能がなくなるという論文も出ています。
──昨年12月、プーマがつま先からCPが露出したシューズを出しました。メーカーの開発力に規制が追いついていないということはないですか。
CPを2枚にしたり、長くしたから効果が上がるというエビデンスは今のところありません。ただし、VFを履くと圧力中心が1センチ前にいくといわれている。指の関節から圧力中心までの距離が1センチ延びるので、テコの原理でテコが大きくなると同じ力で蹴ったときにトルクが大きくなり推進力が増す可能性が高い。これもエビデンスがないのは、靴の中のことなので正確に捉えることが難しいのです。
──厚底による故障リスクはどうですか。ケガが増えたという声も聞きます。
これは私たちが海外の雑誌に発表したのですが、VFを履くと筋活動が3~5%軽減される。それだけ筋肉がエネルギーを使わなくなる。どこの筋活動が減るかといえばふくらはぎです。しかし、箱根駅伝を見ていると、厚底を履いて走り終えた選手たちの多くはハムストリング(太もも裏)をマッサージしている。スポーツ医学の先生によれば、以前は疲労骨折の箇所は脛骨だったが、厚底になってからは大腿骨の骨折が多くなったそうです。VFを履くことで負担のかかる部位がふくらはぎから、体の中心部に移ったと聞きました。走り方を含めて、厚底には合う、合わないがあります。必ずしも誰もがメリットを享受できるとは限らないということは理解した方がいいと思います。
(聞き手=塙雄一/日刊ゲンダイ)
▽柳谷登志雄(やなぎや・としお)1972年、東京都生まれ。埼玉大学教育学部卒業、東京大学大学院修了。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授。スポーツバイオメカニクス、運動生理学、特にランニングの科学に詳しい。2004年から20年まで日本陸連科学委員。