<第14回>主役を“食った”三木のり平演じる「屋台の客」
【あ・うん (1989年・東宝)】
珍しい高倉健が見られる映画だ。珍しさとは髪の毛の長さである。彼の場合、どんな映画に出ても、髪の毛は角刈りよりやや長めといった程度だった。だが、「あ・うん」での役どころは愛人に子どもを産ませてしまう遊び慣れた男の役である。そのため、髪の毛を伸ばし、七三に分け、ポマードまでつけた。
髪の毛を長くしただけで硬派な雰囲気の高倉健が遊び好きの軟派な男に見えてしまうのだから、映画におけるスタイリスト、ヘアメークの役割は大きい。
物語は戦前の東京を舞台にしたもので、原作者、向田邦子の幼少期が土台になっている。高倉健演じる主人公は戦友だった板東英二の妻、富司純子にひそかに心を寄せている。富司純子も、その気持ちをわかっているのだが、努めて知らないそぶりをする。
戦争が近づく社会情勢の中、昭和の庶民が懸命に生きる姿が描かれている映画だ。戦争前夜というと、殺風景なエピソードばかりが描かれることが多いけれど、この映画のいいところは戦前の庶民の豊かさやのんびりした雰囲気もちゃんと出しているところだ。