舘ひろし氏「太平洋戦争はエリートが犯した失敗の宝庫」
日本には傷口に塩を塗るなという風潮がある
――振り返ると、なぜあのとき止められなかったのだろうと思ってしまいます。
いま考えたら日本中の誰もが分かる。日本海軍は世界第3位の強さを持っていたけれど、米国と戦争してかなうわけがない。艦隊派といわれた人は、海軍兵学校や陸軍士官学校、あるいは東大を出ている。日本の頭がいいといわれる人たちが戦争をして勝てるかもしれないと思った。ここに戦争の本質がある。みんな戦争のことを話したがらないけれども、実はここをもう一回総括するべきだと思う。なぜかというと、太平洋戦争というのは日本のエリートたちが犯した失敗の宝庫だから。
――総括ができていないと思われますか?
五十六が「これからは飛行機の時代」って言っているのに巨大戦艦が造られてしまった。止めることができなかった。山崎監督がおっしゃっていますが、「大和」というのは日本という国の象徴ですよね。絶対に沈まないと思って造っている。世の中に絶対がないということがどうして分からないのかな。本当に無責任な戦争をしたと思います。
――失敗を反省していないことが現代につながっている。
本当にたくさんの失敗をした。骨のある軍人は自決し、生き残った軍人たちはどこか死にきれなかった。仲間が死んでいったという気持ちがあるので話したがらない。それからズルした軍人たちは知らんぷりをして蓋をしてしまう。どうしてうまくいったのか、なぜ失敗したのかを検証しないんですね。失敗したことに関して、傷口に塩を塗るなみたいな風潮がある。日本人にとって気分がいいのかもしれないけれど、それは戦争について真剣に考えていないんじゃないかと思うんだよね。
――一度始めてしまうと思考停止し、落ちるところまで落ちないと気がすまない歴史があります。
日本では戦闘で負けて帰ってきても、まだ機動部隊の司令長官だったり。情に流されて能力主義じゃないところがある。なんとなく雰囲気に流されて、情とか気分で戦争してたんじゃないかな。
――山崎監督は「大和が抱えていた問題を考えることは、今の日本を考えることにつながる」と危惧しています。
まず「大和」という巨大戦艦を造ってしまったという事実、この失敗をちゃんと検証するべき。いわゆる声の大きい人間に押されていく傾向がありますよね。戦争はしてはいけないというのと、国を守るということがごっちゃになってしまって整理できていないと思います。例えば、毎日のように北朝鮮のミサイル発射のニュースを見ます。トランプ大統領は「短距離ミサイルだから大丈夫」と言っているけれど日本には届くんですよ。それでいいんでしょうか。
■「発言するのは歴史的に学べることが多いから」
――日本では政治を語る風土があまりなく、「芸能人はノンポリであれ」という暗黙のルールがあります。
基本的には、俳優というのは政治的な色はつかないほうがいいと思う。けれど、戦争に関しては学ぶことが多いので、それは総括するべき事象だと思う。これは政治的に発言しているんではなくて、歴史から学べることが大いにあるということ。
――お父さまが海軍軍医だったと伺いました。
時代的に医者だったから軍医になりましたが、実際の戦場で起こる本当の怖さとか、つらさとか、悲しさみたいなものは知らなかったと思います。父の中ではそういう苦労はなかったように思います。
――海軍の少将役に運命的なものを感じましたか?
母に「映画、どうだった?」って聞いたら、珍しく喜んでいて「亡くなったお父さんに見せたかったね」って言っていましたね。
――幼い頃、印象的だった出来事はありますか。
士族だったので、築200年の武家造りの家に住んでいました。舘家の本家は岐阜で、分家して300年ぐらい。子供の頃、印象に残っているのは先祖代々の刀があったこと。父が吊り下げていた海軍の短剣もあって、5月5日のこどもの日に父が必ず見せてくれた。「この家は侍だったよ」ということをきちんと伝えたかったのだろうと思います。
――戦争を知らない若い世代に、この映画で伝えたいことは?
簡単なのは戦争って悲しいもんだとか、やっちゃいけないっていうのが一番なんでしょうけれど。日本という国が、戦争に向かっていく。そして失敗を犯していく過程を体感していただければと思います。
(聞き手=白井杏奈/日刊ゲンダイ)
▼映画「アルキメデスの大戦」 昭和8年、日本は欧米列強との対立を深め、軍備拡張の動きを加速させていた。海軍省は軍事力の増強を図るべく、世界最大の戦艦(「大和」)の建造計画を極秘に進める。だが今後の戦争は「航空機が主流」と読んでいた山本五十六少将(舘ひろし=写真右)は、“大艦巨砲主義”派が画策した巨大戦艦の異常に安い見積もりを糾弾するべく、100年に1人の天才といわれる元帝国大学の数学者・櫂直(菅田将暉=同左)を海軍に引き入れる。
▼舘ひろし(たち・ひろし)1950年、愛知県名古屋市生まれ。76年「暴力教室」で映画デビュー。83年から石原プロモーションに所属し、俳優として活躍。主な出演作品に映画「免許がない!」「さらば あぶない刑事」、「パパとムスメの7日間」(TBS系)など。2018年公開「終わった人」では、カナダ・モントリオール世界映画祭最優秀男優賞を受賞。