松元ヒロさんが明かす “テレビで会えない芸人”の原点「憲法くん」と立川談志との出会い
松元ヒロさん(芸人/69歳)
社会風刺コントで知られる「ザ・ニュースペーパー」の結成に参加、離れてからは全国で独演会を行っている芸人の松元ヒロさん。その姿に迫るドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」が人気になっている。この先もずっと続けたいのは日本国憲法を擬人化した演目「憲法くん」。
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「テレビで会えない芸人」の企画は最初、フジテレビ系列の鹿児島テレビが僕を追いかけて放送した番組が始まりです。政権批判のネタが入っているので、そこはカットだろうなと思っていたら、トップのOKも出て、そのままオンエアされたんです。それが評判になり、フジテレビでも放送され、ギャラクシー賞とか、賞を4つももらいました。
全国放送ではビビっちゃってましたけどね。だいたいドキュメンタリーが放送されるのは夜中とか午前4時とかです。誰も見ていない。結局、タイトルに偽りなしの「テレビで会えない芸人」。ギャグになったからよかったですけど(笑い)。
その後、フジ系の東海テレビのプロデューサーが「映画にしましょう」と言ってくれて、鹿児島テレビが製作することになりました。1月半ばから鹿児島で4週間公開され、400人入る会場にいっぱいお客さんが来てくれました。その後はポレポレ東中野(東京)、さらに九州はもとより関西、東北と全国に広がっています。
■古いネタは忘れていくけれど「憲法くん」だけは違う
僕の原点はニュースペーパーを辞める前年、1997年に始めたネタの「憲法くん」です。日本国憲法を擬人化した憲法くんというキャラクターが演じる設定です。最初は「5月3日は憲法記念日、今年で50歳になります。みなさんのおかげです。そんな私がリストラされるという話を聞いたんですけど、本当ですか」で始まるたった6分の短いネタでした。
それが僕のライブで今もずっと続いている。僕は半年に1回新しいネタを作ったら、古いネタは忘れていく。だけど、「憲法くん」だけは違うんです。ずっとやっている。「またやってくれませんか」と言われているうちに、憲法の前文の意味がだんだんわかってきて、覚えちゃった。今年なら出だしは「5月3日で75歳になります」。もう25年です。憲法くんを守れ、変えたら僕が食っていけない、生死にかかわる問題だと言ってます。おかげさまで5月3日のライブだけは2年先まで埋まっています(笑い)。
ここまで打ち込めるのは人との出会いがありました。落語家の立川志の輔師匠のご縁で談志師匠にお会いしました。師匠のすごいところは10年以上同じネタ、例えば「芝浜」を聴いてもまったく飽きないこと。ある時、息子が師匠の「芝浜」を聴きに行って「今までとは全然違っていた」と言ったんですよ。それで師匠に「この間の『芝浜』すごかったそうですね」と言ったら「息子が聴いたのか、偉い」と言ってこう教えてくれた。
「ヒロ、違うんだよ、あれは俺が言ったんじゃないんだ、登場人物が勝手にしゃべり始めたんだよ」
その時「これだ!」と思いましたね。師匠は物語を語っているんじゃない、物語の中に入り込んでその人物になり切っているんだと。憲法くんも同じ。僕がなり切ってやり続ければいいんじゃないか。そう思ってなり切っているのに、憲法改正とかいって、勝手に変えてもらっちゃ困るんだよね(笑い)。死ぬまでやりたいことは「憲法くん」にしようかな。
「テレビに出ているのはサラリーマン芸人。ヒロは本物の芸人」と立川談志が絶賛
05年に談志師匠がライブも見に来てくれました。ライブのチラシをお渡ししたら会場まで足を運んでくれたんです。いくらなんでも立ち見ではというので、カミサンが折り畳みの椅子を出したそうです。
僕はいつもの政権の悪口です。師匠はそれを後ろで黙って見ていたのですが、いきなり前に歩いてきまして。それを見た僕はあまりに突然のことで名前が出てこない。会場は「家元だ!」とざわつくし、ステージへは階段がないけど、師匠は「俺をあげろ」と言っている。気がついた僕はひょいと抱え上げました。僕は「談志師匠がお見えになっています。一言いただきたいですよね」と言ってピンマイクを外して渡しました。それからは師匠の独壇場。「最近の芸人はなってない」と文句を言ってから、「でもね、私はこのヒロ松元を見損なってきました。見損なってきたというのは意味が違うよ。見てこなかった。見損なってきたことをわびる」と土下座です。みんな感動です。
師匠に頭をあげてもらうと「これは皆さま方のおかげです。皆さま方がヒロ松元を育ててくれたおかげで素晴らしい芸を見ることができた。礼を言います。今テレビに出ている芸人を私はサラリーマン芸人と呼んでいます。テレビをクビにならないことしか言っていない。昔はこのヒロ松元のように他の人が言えないことを代わりに言うやつが芸人でした。今日から私はヒロ松元を芸人と呼びます」と言って、元気に飛び降りて、拍手喝采の中、かっこよく帰っていきました。
公演の後、アンケートを見たら、書いてあるのは師匠のことばかり。そのことを志の輔師匠に言ったらプッと笑って「談志師匠は人の客を取っていくんだよ。あまり近づかない方がいいよ」(笑い)だって。
でも、談志師匠が「あれでいけ」と言ってくれた。「憲法くん」もずっと続けていきます。
(聞き手=峯田淳/日刊ゲンダイ)
▽松元ヒロ(まつもと・ひろ) 1952年10月、鹿児島県出身。コント集団「ザ・ニュースペーパー」の結成に参加。98年に独立。芸人として公演活動を続けている。ちなみに、2016年に「憲法くん」の絵本も発売された(絵・武田美穂)。