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原田曜平マーケティングアナリスト・信州大学特任教授

1977年、東京都生まれ。マーケティングアナリスト。慶大商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーなどを経て、独立。2003年度JAAA広告賞・新人部門賞受賞。「マイルドヤンキー」「さとり世代」「女子力男子」など若者消費を象徴するキーワードを広めた若者研究の第一人者。「若者わからん!」「Z世代」など著書多数。20年12月から信州大特任教授。

久保田智子さんに訊くキャリア24年の歩み「いつも“えいやっ!”と始めちゃうタイプです」

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「復職しようと思ったきっかけはコロナ禍です」

 ここからはニューヨークのコロンビア大学でオーラルヒストリーという学問を学んだ理由、特別養子縁組制度の現状や課題、そして久保田さん自身が今後、取り組みたい取材テーマについて訊く。

原田 2016年3月にTBS退職を発表されてニューヨーク赴任しているご主人と一緒に暮らし始めるんですね。その後、コロンビア大学の大学院に進学された経緯は?

久保田 TBSを退職して1年間は世界をいろいろ見たいと思って世界中を旅行しました。世界を見れば見るほど、自分の故郷のことを考えました。私は広島出身で、ニューヨークにいるなら被爆者の方が来たときにお手伝いできるんじゃないかと思ったんです。ネットでいろいろ戦争体験や証言のことを調べていたら、オーラルヒストリーという学問があることを知りました。そこで、17年にコロンビア大学大学院に進学して、戦争の記憶をテーマに原爆、日系アメリカ人の強制収容、沖縄戦などの経験者にお話を伺いました。記者だったときは時間も限られ、報じ方のイメージもあったのですが、学生なので本当に自分が興味のあることを、時間をかけて、何回も聞きましたね。すると、発見が多く、経験していない戦争が自分ごととして響くのでした。コロンビア大学では修士号を取りました。

原田 帰国してすぐ、19年1月には特別養子縁組制度を利用してお子さんを迎えられました。僕は特別養子縁組に関してまったく知識がないのですが、どのような子がいいかなど希望を聞いてもらったり選べたりするのですか?

久保田 選べません。養子縁組に限らず、実際に出産する場合でも、子どもは選べないですよね。それと同じと考えていただけたら。加えて、特別養子縁組制度は、なにより子どものための制度です。子どもの幸せのために、産んでも育てられない親と、育てたくても産むことができない親をマッチングします。ただ、子どもだけでなく、生みの親も、私のような育ての親も、制度のおかげでそれぞれが新しい一歩を踏み出すことができます。私にとって娘との毎日は、何一つ当たり前でない、宝物だと感じています。

原田 19年4月には東京大学大学院情報学環・学際情報学府博士課程に進学されます。子育てをしながら大学院に通い、翌20年にはジョブリターン制度を利用してTBSに復職されていますね。

久保田 復職しようと思ったきっかけは、コロナ禍です。私も子育てしながら、いろいろと悩みました。世界がおかしくなってしまう中で、自分ができることはなんだろうと考えました。あと、大学院で戦争の記憶の記録をしているのですが、その記録をもっと幅広く活用し、そこから見えてくる教訓を今につなげたいと思いました。広島の戦前、戦中、戦後の歴史を調べていくなかで、メディアの役割がとても重要だということを自分ごととして痛感したんですよね。

原田 ジョブリターン制度はとても良い制度ですよね。一度会社から離れていろいろな経験をして、視野も広くなって会社に戻れば、会社にも新しい風を吹き込むことができます。

久保田 私個人のことで言えば、会社を辞めていろいろなことを見聞きしたおかげで、今の自分が人間としてもTBSで働く局員としても、良くなったと思うんです。無駄に見えること、寄り道をすることも大切なことだと実感しています。これからは、別に会社を辞めなくても、働き方がもっと自由になれば、本人にとっても会社にとっても可能性が広がるのではないかなとも思います。一般論ですが。

原田 久保田さんに憧れるTBSの後輩はたくさんいると伺っていますし、社内で新しい働き方のモデルケースにもなっていると思います。

久保田 改めて学び直したい、他の新しい角度から自分の抱えている問題意識を見つめ直したいと思っている人はたくさんいる気がしています。自分の子育てのモットーでもあるんですが「かわいい子には旅をさせろ」と思っています。まだ娘は4歳で私の影響が大きいですが、根底に常に自由であることが本当に大事だし、それを後押しする大人でいたいです。後輩たちにも選択肢が増えればいいなと思いますし、自分の娘にもいろいろな経験をしていろいろなことを見聞きしてほしいし、自分がその制限にならないようにしたいと思っています。

原田 久保田さんはアグレッシブですよね。大学院も特別養子縁組も仕事もいろいろされているので、エネルギーの総量がすごいと思います。

久保田 いつも「えいやっ!」と始めちゃうタイプなんです(笑)。だから、はじめの一歩がすごく軽いんですね。そのあとすごく大変なんですけど……。趣味で続けているマラソンも、いつも走りながら「これが最後、これが最後」と思いながら走っているんですよ。でも結局、ホノルルマラソンに9回出てるんですけど、毎年「これが最後、もうやらない」って思っているんです(笑)。

原田 僕にはムリです(笑)。では、今一番興味を持って追いかけているテーマは?

久保田 たくさんあるんですが、今取材しているのは「女性の困窮」です。私は娘と幸せな生活をしていますが、その選択をできなかった生みの母にはどんな困難があったのだろうと考えます。若年層の予期せぬ妊娠に関する統計を見てみると、本人に起因しない理由、例えば、経済的な問題や家庭環境、相手の問題なども大きい。どんな支援体制ができればいいのか、まずは課題を改めて取材して、伝えたいと思っています。

原田 家族や子どもがテーマですね。

久保田 そうですね。子どものために何ができるかって。子どものための対策といえば、少子化対策としてくくられますが、「今いる子どもたちも大切にしないと!」という問題意識はかなり強く持っていて、それは自分自身が特別養子縁組をしたからということも大きく影響しています。娘はもしかしたら生みの母の選択によっては児童養護施設に入っていたかもしれないし、私ではない家族に受け入れられていたかもしれない。そう思うと、生まれや環境にかかわらず、子どもの能力が最大化される社会であってほしいなって。

原田 では、最後に今後の展望を教えてください。

久保田 私は最初の一歩は軽いほうなんですけど、年齢を重ねて、体力もなくなってきている自分も認めなきゃいけないなと(苦笑)。大学院では実践ばかりやっていて楽しいのですが、それを論文に落とし込めないんですよ。教授にも「実践は素晴らしいから、早く書こうよ」って言われてまして(笑)。娘のこともありますし、取材ももっとしたい。論文も書きたい。今は自分の体力と、やりたいこと、やるべきことのいいバランスを探している感じですね。

原田 貴重なお話をありがとうございました。パワフルママの久保田さん、これからも応援しています!

(構成=高田晶子)

▽久保田智子(くぼた・ともこ) 1977年、広島県東広島市出身。東京外国語大学を卒業後、2000年4月にTBSにアナウンサーとして入社。「どうぶつ奇想天外!」「2時っチャオ!」「みのもんたの朝ズバッ!」「報道特集」などに出演。17年にTBS退社後、夫とともにニューヨークへ。コロンビア大学で修士号を取得。帰国後の20年にジョブリターン制度を利用し復職。現在は「TBS NEWS DIG」編集長。

▽原田曜平(はらだ・ようへい) 1977年、東京都出身。マーケティングアナリスト。慶大商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーなどを経て、独立。近著に「Z世代」。芝浦工業大学教授。

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