【追悼】篠山紀信さん 山口百恵と宮沢りえと金庫の中の「箱たち」
「まず、南沙織と結婚しなくちゃ!」
若手の売れっ子カメラマンの写真集をパラパラめくっていたことがある。パートナーの美人モデルを撮っていた。「ポスト篠山紀信と呼ばれているそうですよ」と水を向けたら、「へえ」と首をかしげる。「彼が篠山さんのようになるには、どうすればいいんでしょうか?」と聞くと、こう答えた。
「そうだな、篠山紀信になるには……まず、南沙織と結婚しなくちゃ!」
「アイドルにっぽん」という評論集を私が出版した時、青山の高級中華でお祝いしてくれた。「中森さん、アイドルを連れてきたよ」。見ると、奥さまが……南沙織さんがいた! 目の前に篠山が、隣席にシンシアが座る。少年時代の憧れのアイドルが老酒をお酌してくれたのだ。夢のような時間だった。
シンシアさんは3児の母だが、アイドル時代と変わらず、美しい。「いや~、維持費がかかってるんだよ。家では、ほら、冷凍睡眠装置に入れてあるから」と篠山は笑った。
宮沢りえの全裸写真が新聞の全面を飾ったその日、私は篠山と一緒にいた。事務所の電話は鳴りっ放し。でも、出ない。食事を共にして夜遅くまで呑んだ。興奮する私をよそに、篠山は至って冷静そのものだった。
「中森さん、ウチの金庫にはいくつも箱がしまってあってさ、そこにはまだお見せできない写真がいっぱいあるんだよ」
「サンタフェ」の発売前に呼ばれて、箱を出している。冗談じゃなくて、本当にあったのか! 箱を開けると、プリントされた宮沢りえのオールヌードが!? 震える手で一枚一枚それをめくり、ひたすら私は感動していた。篠山が亡くなり、あの金庫の中の「箱たち」はいったい、どうなったのだろう。
篠山紀信はどこへでも行って、なんでも撮った。霞が関の警視庁の屋上で、新人の女性幹部候補生の2人を撮ったことがある。現場にべったりと寄り添った警視庁の広報の男性は「篠山先生の大ファンです!」とハシャいでいた。
サンタフェ騒動の直後、三越美術館でやった大展覧会の篠山の写真に、警察がワイセツ容疑で警告を発した。これはニュースとなる。
「中森さん、警視庁のボクのファンの広報の人がいたでしょ? あの人がさ、電話してきて『篠山先生、申し訳ありません!』って摘発される前に教えてくれたんだよ」
えっ、警察の内部にまで共犯者がいたのか!? さすが篠山紀信。イタダキ写真家、自らを“泥棒”と称して、この世のあらゆるものを撮りつくした。しかし、彼が本当に盗ったのは、人々のハートであり、盗った以上のものをこの世に返して、私たちを楽しませてくれた。
篠山紀信は、義賊である。
ありがとう、篠山先生。さようなら。