「色白のお肌がいっそう映えますね」呉服屋・イケメン若旦那は熱海の旅館でマクラ営業?
これまでのあらすじ
【不倫依存~婚外恋愛を謳歌する男女】
静香さん(35歳・茶道講師/既婚子供アリ)は、祖母、母と3代にわたり、都内の邸宅で茶道教室を開いている女性だ。彼女は懇意にしている呉服屋Aの若旦那・航平さん(40歳/既婚子供アリ)に一目ぼれ。長身で甘く整った面差しの彼の「特別な存在になりたい」と、商品購入にお金を使う。
そんな折、VIP客を対象にした着物の展示会が熱海の老舗旅館で開催される。憧れの航平さんと個室で2人きりになった静香さんの心は乱れて――。
気になる続きの前に、第1話はコチラからお読みいただけます。
くすぐられる恋心
静香さんは語る。
「憧れの航平さんと2人きりになった私は、展示された豪華な訪問着を見て、熱いため息をつきました。華やかな桃紅色(とうこうしょく)の地に、絵羽模様で風に揺れる御簾(みす)と橘(たちばな)を描いた春向きの訪問着です。着物の美しさはもちろんですが、別室で2人きりというシチュエーションに、息が乱れるほど緊張してしまって…。
私の恋心をくすぐるように、彼はまっすぐな視線を向けてきたんです。
――いかがですか? 静香さんの奥ゆかしい雰囲気をそのままに、華やぎを添えた新作です。金銀を用いた袋帯との相性もいいですよ。あなたに一番最初に見せたかった。
彼の手が私の帯を解き始め
営業トークと分かっていても、魅力的な男性に言われると、つい頬が緩んでしまいます。
――す、素敵です…祝い事やパーティにもぴったりですね。
――はい、ミセスの社交着には最適かと。静香さんの色白のお肌がいっそう映えますね。
――あの…試着してもいいですか?
――もちろん。
そう言って、航平さんの手が私の帯を解き始めたんです。呉服屋では何度か着付けをしてもらっていますが、ここは熱海の老舗旅館。あえて大胆な行動に出たことを、彼はこの時はまだ知りません」
特別な存在になりたい
その日、静香さんは下着を工夫したという。
「着物の下にいつもつけているキャミソールとペチコートを省いていったんです。通常、着物の下は『肌襦袢と裾よけ』のみですが、航平さんが接客するようになってから、恥ずかしさゆえにキャミとペチコートもまとうようになって…。
でも、彼に少しでも『女』を感じてほしかった。単なる客ではなく、恋愛対象として見てほしくて、その日は思いきって下着の分量を減らしました」
帯が解かれ、袷を開いた着物が床にふわりと落ちた。航平さんが「あっ」と目をしばたたかせるのが分かったという。白の肌襦袢と裾よけに彼の手が触れると、静香さんは声を震わせながら「航平さんの特別な存在になりたい」と呟いた。
そこからの展開は早かった。
――静香さんは僕にとって、大切な女性です。
そう耳元で囁かれた。あっと思った時には、彼の手が下着にかかった。衣擦れの音がその瞬間ほど艶やかに聞こえたことはない。鏡に映る自分の肌がしだいに紅潮していく。あまりの嬉しさと恥ずかしさに、静香さんは目をつむった。
男女の関係になって
「ふすま一枚隔てた個室で、私たちは男女の関係になりました。航平さんは…すごく優しかった。まるで宝物を扱うように私を導いてくれました。ふすま越しに聞こえる女性客と男性スタッフの談笑がいっそう私を熱くさせて…。
その後、何事もなかったように彼が勧める訪問着をまとったんです。美しく着付けをしてもらったのち、鏡を見た彼がまぶしそうに目を細めました。
――静香さん、とてもお似合いです。あなたを独り占めできるご主人が羨ましい。
彼の笑顔を見ながら、私は泣きそうになりました。さっきまで男女の関係だったのに、すぐに夫の存在を出すなんてひどすぎる。
訪問着だけでなく…
――もう…いじわるな人。
思わず眉をしかめました。
――僕はウソは言いません。
――もっとタチが悪いわ。
――ははっ、誉め言葉として受け止めます。
――もう…(笑)。
結局、私はこの訪問着を購入。それだけではなく、帯と帯締め、帯揚げも選んでもらいました。そして『せっかく熱海まで来たのだから』と、フォーマルな色留袖、それに合う帯やバッグや草履なども購入してしまって…」
逢瀬が忘れられない
帰京後、静香さんは300万円を超える買い物に、母や祖母には叱られたという。
「その後、航平さんとの逢瀬が忘れられず、私は店に通いました。でも、通うだけではいけません。ちゃんとお金を落として、彼に貢献しなくちゃ。店には相変わらず航平さん目当ての女性客が『若旦那、新作はまだ?』『若旦那、今度お食事に行きません?』と彼を狙っているんです。相変わらずモテモテの彼。でも、彼と特別な関係を持った私は、いくぶんか優越感に浸っていたのも事実です」
しかし、思いがけないことが起こった。
セレブから告げられた衝撃の事実
「ある日、銀座の和光前で信号待ちをしていたら、
――あら、静香さんじゃないの。
名前を呼ばれ、振り向きました。見れば、航平さんの店で時々会う日本舞踊の師範・涼子さんです。50代のふっくらとしたセレブは、確か熱海の展示会にも来ていたはず。
――涼子先生、こんにちは。
私は笑顔で会釈をすると、涼子さんは含み笑いをしながら近づいてきたんです。
――ねえ、熱海の展示会、最高だったわね。あなたったら若旦那とさっさと個室に消えちゃうんだもの。気が気じゃなかったわ。
――あ…ああ、あの日は、お勧めの訪問着を…。
そう言いかけた私の言葉を、涼子先生が遮りました。
――いいのよ。だってあの後、私も別室に呼ばれたんだから。ふふっ。
――え?
――若旦那ったらタフよね。とても40歳には思えない。だって、夜の部では久恵さんともよ。
――久恵さんて…あのお琴の師匠の…?
――ええ、久恵さんたら今年還暦よ。女は灰になるまでって本当ね。若旦那も商売上手なんだから。
くすくすと笑う彼女を前に、私はひざがから崩れ落ちそうになるほどのショックを受けたんです」
続きは次回。
(蒼井凜花/作家・コラムニスト)